夜行バスが青春の1ページになる人生も悪くないと思うんだ
「夜行バスとか乗ったことないわ、危ないんやろ?」
年末のある日のドライブ、走り去る大きなバスを見ながら妻が言った。
「まあね。でもあれで、ああ見えて色々な人生を乗せてるんやで」
答えながら、私は過去を思い出していた。
私は学生時代、遠距離恋愛をしていた。今の妻とは別の、全然違うタイプの女性である。
私たちの関係は、夜行バスの旅によって繋がれていた。長期休みごとに彼女のいる街へと向かうため、夜通しバスに揺られる。行きのバスが見えた時、乗る予定のバスが輝いて見えた。ごく普通の、なんてことないバスのはずだったけど、本当に輝いて見えた。
スマートフォンを見る、久しぶりに会えることを楽しみにしている彼女からのメッセージ。今思い出しても、何もかもがキラキラしていた。
しかし、幸せな時間は永遠には続かない。別れの時にもバスに再び乗り込むことになる。帰りに見るバスは、行きと同じ様なバスのはずだった。頭では同じとわかっていても、なんだかちょっと滲んで見えた。
バスに乗り込みながら、私は思い出を再び始まる日常への活力としようと、無理に前を向いた。後ろを向いたらすごく情けない男になってしまいそうな気がした。
その女性とは数年のうちに別れ、もう10年も近く会っていないのだが、それは別の話。
ただ夜行バスにお世話になったことのある人は、別に私だけではないと思う。身近に夢を追いかけるために毎週末夜行バスに飛び乗って東京にレッスンを受けて、週明けに地元へ帰ってくる様な生活をしていた同級生を知っているし、バスを待つ中で偶然仲良くなったおじさんは「今から娘に会いに行くんだ」と言っていた。
たしかに夜行バスは安全か、と聞かれたら自信はない。多分新幹線とか飛行機のほうが事故は少ないんじゃないかな。ただ夜行バスを見るだけで青春の重要な1ページを思い出せる、そういう人生も悪くないと、私は思うんだ。
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