日本酒の製造免許と新規参入について

 日本酒の製造免許については、基本的に新規取得が認められていませんが、最近、複数の自治体や事業者から内閣府に特区(地域や産業の活性化等のため、特定の地域に対して規制の特例措置を認めるもの)の提案がなされています。
 こうした「日本酒特区」の提案は、令和6年8月26日の国家戦略特別区域諮問会議(内閣府に設置され、首相が議長を務める諮問会議)でも取り上げられ、今後、「ワーキンググループによるヒアリング等」を開催し、「具体的な検討に取り組むべき」とされています。https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/shimonkaigi.html

 筆者は、従来、日本酒の製造免許の仕組み、経緯や課題等について、関係者から必ずしも十分なご理解をいただくことができていないのではないか、もっとオープンな議論が必要ではないかと感じてきました。
 そこで、本稿は、今般、日本酒特区の提案が公に議論されることとなったことを機に、今後の建設的な議論に資するよう、個人的な立場で書き記すものです。
 日本酒の製造免許と新規参入のあり方は、業界全体の将来に関わる重要な課題だと思います。酒蔵の皆さんには積極的に関与していただくとともに、オープンな議論がなされることを期待しています。

 なお、本稿は、筆者の一消費者としての個人的な意見等を記すもので、いかなる組織とも無関係です。


1.日本酒の製造免許の現状

 酒税法は、(立法論としては別途の議論もあり得ますが)酒税の課税の観点から、酒類の製造や販売業について免許制を採用しています。製造免許については、事業者は製造場ごとに免許を取得することが必要とされています(7条1項)。
 日本酒製造の新規参入規制として、しばしば議論になるのは、「需給調整」と「最低製造数量」です。

(注1)
 令和4年度の国税収入76.3兆円のうち、酒税は1.2兆円、そのうち日本酒は426億円となっています(国税庁「酒のしおり」(令和6年6月))。https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2024/index.htm

(注2)
 江戸時代や明治初期には全国に2〜3万もの酒蔵があったとも言われていますが、近年では、昭和30年代に約4千あった日本酒の製造場の数は、令和4年度には1699まで減少しています(「国税庁統計年報」)。https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/jikeiretsu/xls/07.xlsx

 このうち、実際に日本酒を製造していると国税庁に回答している製造場の数は1141です(国税庁「清酒の製造状況等について」(令和6年6月))。https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/seizojokyo/2022/pdf/001.pdf

(注3)
 日本酒の製造免許の歴史、酒税法の免許制に関する憲法判例、ユネスコ無形文化遺産登録については、末尾の「補記1」「補記2」「補記3」参照。

(1)需給調整
 酒税法は、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の製造免許又は酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」には「免許を与えないことができる」と定めています(10条11号)。この規定に基づいて免許付与を認めないのが、いわゆる「需給調整」です。
 ビール、ワイン、ウイスキー、スピリッツ、リキュール等、ほとんどの酒類については、この規定を適用せず、新規の製造免許が広く認められています。

 しかし、日本酒については、市場が長らく縮小傾向にあるため、新規の製造免許を広く認めると過当競争をもたらすおそれがあり、酒税の保全上適当でないとして、この規定に基づき、新規免許が認められてきませんでした。
 具体的には、国税庁の通達により、①既存の酒蔵が製造場を増設する場合、②既存の酒蔵を買収等により継承する場合のみ免許が認められており、事実上、戦後一貫して新規免許は認められてきませんでした
 こうした取扱いは、関係者の意向を踏まえたものでもありました(そのため、「既得権益」「岩盤規制」との批判があります)。

 こうした中、日本酒製造の新規参入を求める声の高まりを背景に、日本酒の輸出促進の観点も踏まえ、酒税法改正により、令和3年4月から、輸出用の日本酒の製造(7条3項5号)については、需給調整の規定を適用することなく、新規免許が認められることとなりました。
 この「輸出用免許」については、輸出用限定とはいえ、戦後初めて新規参入規制が緩和されたことに、規制緩和の第一歩風穴を開けたとの評価もあった一方で、輸出用限定ではハードルが高すぎる、国内と輸出の順番が逆、国内で飲めない日本酒は本末転倒、規制改革としてはあまりに不十分、といった批判もありましたが、戦後初の規制緩和となることから、そうした批判を想定しつつも、既存の酒蔵にとって国内市場が縮小傾向にあることにも配慮し、まずは巨大な輸出市場向けに限定されたものです。
 なお、輸出用限定でも、新規参入を認めることについては、関係者から反対やネガティブな意見も数多くありました。

(注)
 こうした戦後以来の需給調整に対する政府の行政改革委員会の「最終意見」(平成9年)については、末尾の「補記1」参照。

(2)最低製造数量
 酒税法は、経営基盤の確保の観点から、製造免許取得の要件として、年間の最低製造数量を定めています(7条2項)。日本酒の場合は年間60kℓ(四合瓶で8.3万本程度)です。これは、歴史的には、戦前の基準だった300石(54kℓ)を引き継いだものです。
 しかし、実際には、現在はこの最低製造数量を満たしていない酒蔵も少なくないと言われています。
 令和2年に創設された日本酒の「製造体験特区」は、この最低製造数量の要件を回避するため、既存の酒蔵に認められた特例措置です(既存の酒蔵にしか認められないことには批判もありました)。

 既存の酒蔵でもこういう状況ですから、新規参入者にとっては、最初から最低製造数量を満たすのはハードルが高いと言われます。また、マイクロブルワリーのような新たなビジネスモデルも日本酒では困難です。そのため、輸出用免許では最低製造数量は不要とされました。
 ちなみに、例えば、ロマネコンティの年間生産量は平均で6千本程度と言われています。日本酒の最低製造数量をはるかに下回っていますが、むしろその希少性も相まって世界最高峰のブランドとなっているのは周知のとおりです。

 なお、「試験製造免許」については、需給調整や最低製造数量の適用がなく、新商品開発や新技術開発等の目的で、日本酒でも新規取得が可能です。
 令和2年には、東京駅構内の酒販店が日本酒の試験製造免許を取得し、酒販店・飲食店にマイクロブルワリーを併設しています。

2.ネガティブな意見等について

 上述のとおり、現状、日本酒の製造免許については、基本的に新規取得が認められていません。

 こうした厳しい新規参入規制については、

・憲法上の職業選択の自由(営業の自由)を侵害している
・資本主義市場経済の基本に反している
・新規取得を認めないことの公益性がない
・事実上、単なる既存の酒蔵の保護になっている
・消費者から日本酒の新たな選択肢を奪っており、消費者利益に反している
・蔵元の家系に生まれない限り、蔵元となることが困難
・蔵人が独立、のれん分け等により新たな酒蔵を作ることが困難
・地域活性化のために酒蔵を作ることが困難
・酒蔵のない地域で酒蔵を作る(酒蔵を復活させる)ことが困難
・米農家が日本酒で6次産業化することが困難
・飲食店等に酒蔵を併設させることが困難
・日本酒のマイクロブルワリーを作ることが困難
・新規参入を認めないことでプレーヤーが減り続け、かえって市場が縮小している
・新規参入を認めてプレーヤーを増やし、多様化する方が、業界や市場の活性化・発展、消費者の利益につながる
・新規参入により酒米等の販路が増えることは、農家にとってもありがたい
・sakeの造り手や市場がグローバル化している中で非合理的な国内規制である
・多様性や競争を否定すべきではない

等として、新規取得をもっと認めるべきという意見が各所から聞かれます。

 他方で、関係者の間では、新規取得を認めることにネガティブな意見等も少なくないようです。
 以下は、筆者が耳にすることがあるネガティブな意見や懸念等と、そうしたネガティブな意見等に対してしばしばなされている指摘等を、論点的に整理したものです。

(1)新規参入により競争相手が増え、競争が激化するだけ
 酒蔵の数が長らく減少傾向にある中で、たんに競争相手が増える、競争が激化するという理由で新規参入が認められないとすれば、市場経済や競争の否定、新規参入希望者の職業選択の自由(憲法22条1項)の否定になりかねません(新規参入が認められるとしても、仮に製造数量に上限等が設定されるなら、同様の問題が生じるほか、法の下の平等(憲法14条1項)にも反する可能性があります)。
 先述のとおり、酒税法上の需給調整は酒税の保全を目的とするものです。たんに既存の酒蔵の保護を理由に新規参入等を認めないというのは、法令上無理がありますし、そこには公益性もなかなか見受けられないでしょう。むしろ、近年、国内市場でも、高付加価値化等により、日本酒の単価は上昇傾向にあることにも注目すべきです。
 いずれにしても、新規参入により酒税の保全が損なわれる事態は、現実には考えづらいでしょう。
 また、既存の酒蔵が製造場を増設する場合も、市場への日本酒の供給量が増えますが、これは認めて、新規参入は認めないというのは、論理的には無理があります。

 一般的にスタートアップは、経済成長、イノベーション、社会課題の解決や地域活性化等にとって極めて重要です。各国政府の政策においてはもちろん、SDGsでもスタートアップは支援・奨励することとされています(目標8・ターゲット8.3)。https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/000101401.pdf

 日本酒がスタートアップや新規参入にネガティブであるならば、こうしたSDGs等の潮流にも逆行し、かえって国内外での日本酒のレピュテーションを毀損したり、日本酒の未来の可能性を制約したりすることにもなりかねないことが懸念されます。
 むしろ、酒蔵の数が減少を続け、日本酒市場が縮小傾向にある中、日本酒に未来を見出し、あえてリスクを取って日本酒に貢献したい、日本酒を造りたいという意欲あるスタートアップ等は、業界や地域の新しい仲間となるとともに、消費者に多様な選択肢を提供し、業界全体にとっても、地域活性化にとっても、消費者にとっても利益をもたらすものであり、大いに歓迎すべきではないでしょうか。

 例えば、コエドビール、ベンチャーウイスキー、渋谷ワイナリー等は、日本酒のような新規参入規制があったら、生まれていません。酒蔵もビール、ウイスキー、スピリッツ等に自由に新規参入していて、新規事業として成功を収めている酒蔵も数多くあります(最近では、いわゆるクラフトサケにも参入している酒蔵も見受けられます)。
 クラフトビール、ジャパニーズウイスキー、日本ワイン、クラフトジン等は、酒蔵や異業種からも含めて、多様なプレーヤーが参入することで、業界や市場が活性化・発展し、消費者にも様々な体験価値を提供しているのは周知のとおりです。

(参考)
今後飲みたい話題・注目のアルコール飲料(ぐるなび「飲料トレンド調査2023」)
https://pro.gnavi.co.jp/magazine/t_res/cat_6/a_4146/?p=1#mg0015

(注1)
 スタートアップについては、例えば、加藤雅俊著「スタートアップとは何か」(令和6年)がその意義や課題等を包括的に解説していますが、その中で、政府による参入規制によって新規参入が不可能となっている産業として、日本酒製造が例示されています。https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b643148.html

(注2)
  職業選択の自由(憲法22条1項)については、末尾の「補記2」参照。

(2)製造免許を取得したければ、既存の酒蔵を買収すればよい
 先述の通り、既存の酒蔵を買収等により継承すれば製造免許を取得することはできます。酒蔵にとっても事業承継は重要な課題です。新規参入希望者にとっては、有力な選択肢となります。実際に、既存の酒蔵を買収して新規参入し、成功する事例も相次いでいます。事業承継(第三者承継を含め)の円滑化を進めることは、引き続き重要です。
 ただ、買収先の酒蔵を見つけ、経営・財務(債務超過、隠れ債務、粉飾等はないかも含め)や法令順守等の状況について十分にデューデリジェンスを行う必要があります。不動産・既存設備等の買取や、各種負債、従業員、銘柄等を引き継ぐことがしばしば条件となります。
 また、新規免許が認められていないことに起因して、製造免許自体にプレミアムがついて、酒蔵の買収価格がその分高額となったり、免許だけの売買(「免許売買」)が行われることもあると言われています(そのため、「年寄株」の売買のようだとの批判もあります)。買収の後に移転させるなら、その手続や費用等も追加的に必要となります。

 スタートアップをはじめ、真新しく始めたい新規参入希望者にとっては、これらが大きな(余計な)コストとなったり、高いハードルとなる場合があり、制度上こうしたコストやハードルを強いることは、明らかに参入障壁となっています。
 一般的にも、先述のとおり、スタートアップ等の事業環境の円滑化は重要な課題だと考えられています。
 また、休眠蔵等の買収による新規参入は良いが、新規免許は認められないというのは、論理的にも無理があるでしょう。

(注)
 実際にM&A仲介サイトを見てみると、酒蔵の案件もいろいろ掲載されていますが、「現状では新規取得がほぼ不可能な希少な日本酒酒造免許保有」といった売り文句も見受けられます。
 また、例えば、「日本酒の製造現在は休止中」「酒蔵(醸造所)、杜氏・蔵人の人材引継ぎも無く、固定資産及び負債も一切ない形での株式譲渡となります」と掲示している純然たる免許売買の案件では、数千万円程度の譲渡希望金額が提示され、成約しています。
 多くの案件では、製造免許とともに不動産や既存設備等の買取も条件となり、酒蔵の譲渡価格は更に(はるかに)高額となっています。負債がある場合、その引き継ぎも条件とされたりしています。
 なお、仲介業者等を利用する場合は、相応の手数料等も更に必要となります。

(3)外国資本や大手資本の新規参入は脅威である
 外国資本や大手資本は、今でも容易に既存の酒蔵を買収して新規参入することができるので、あまり関係ないでしょう。

(4)よく分からない人たちが入ってきたり、質の悪い日本酒が出回ったりして、日本酒の伝統やブランド価値が損なわれるおそれがある
 
酒税法は、製造免許の取得に際し、経営の基礎がしっかり確保され(10条10号)、必要な技術的能力と十分な設備を有している(10条12号)こと等を要件としており、当局がそれを審査するので、新規付与により日本酒の伝統やブランド価値が傷つくということは考えにくいでしょう。
 GI(地理的表示)についても、基準を満たさない日本酒はそもそもGIを名乗れないので(それは今でもあることです)、新規参入でGIのブランド価値が下がるということも考えられません。
 何か特定の価値観や感情等から、個々の事業者の新規参入や事業計画の是非等が事前に評価・選別されるようなことがあるならば、決して好ましいとは言えないでしょう。
 いずれにしても、こうした観点から、酒税法の需給調整の規定を適用することや、新規参入希望者の憲法上の権利(職業選択の自由)を否定することには、無理があります。

 そもそも、質の悪い日本酒かどうか等は、市場経済においては、最終的には消費者によって評価・選択され、淘汰されるものです。
 例えば、このところ、新しいタイプの日本酒が人気を博していますが、「こんなのは日本酒じゃない!」と後ろ向きな関係者がいる一方で、「こんな日本酒もあるんだ!」「日本酒じゃないみたい!」と称賛する新たなファン層を獲得しています。
 仮に一部に質の悪いものがあったとしても、市場に淘汰され、それで日本酒全体のブランド価値が揺らぐことはないでしょう。
 また、近年、異業種から既存の酒蔵を買収して新規参入する事例が相次いでいますが、それで日本酒のブランド価値が損なわれたという話を聞かないどころか、老舗酒蔵に勝るとも劣らない評価を得ている新しい酒蔵も数多くあるのは周知のとおりです。 
 酒蔵の数が減少を続ける中で、多様なプレーヤーが参入し、業界に新しい仲間が増えることは、市場や消費の活性化をもたらし、業界全体にとって利益となるものです。多様性は価値と発展の源泉です。

 なお、日本酒の国内市場やブランド価値について、業界団体は以下のような認識を示しています。これに対しては、様々な批判がありました。
「日本の方は日本酒に関してそれほど高いお金を払ってくれないんですけど、海外の方は価値を認めていただいて今払ってくれるような状態。日本が貧乏になったっていうこと」https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/311628?display=1

(5)日本酒の歴史や伝統に新規参入者がただ乗りするようなことになる
 どんな老舗企業も創業当初はスタートアップだったはずです。
 今の老舗酒蔵も、もし創業時に新規参入が拒まれていたら、酒蔵を創業することはできず、今のように老舗となっていることもなかったでしょう。そして、創業時にはそれまで先達が築いてきた日本酒の歴史と伝統の中で創業したはずです(例えば、明治時代に創業した酒蔵は、江戸時代までの先人の尽力の上に創業したはずです)。
 伝統は革新の連続と言いますが、長い歴史の中で多様な酒蔵が創業し、切磋琢磨してきたからこそ、日本酒が発展し、老舗酒蔵も生まれ、今に至る伝統が築かれました。それは日本酒の未来にとっても同じことでしょう。
 ちなみに、伝統工芸の世界でも、新たに挑戦する若い伝統工芸士は大いに歓迎されています。日本酒のような需給調整等の規制はありません。

(注)
 「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産登録との関係については、末尾の「補記3」参照。

(6)健康等の社会的問題を考えると、製造免許の規制緩和はすべきではない
 酒類に関連する社会的問題への対応は国際的にも重要ですが、こうした観点から、酒税法の需給調整の規定を適用することにも、先述のとおり、無理があります(実際に、日本酒よりはるかに度数の高いウイスキーやスピリッツ等に新規の製造免許が広く認められています。酒類の小売業免許も広く認められています)。
 社会的問題の観点からの規制については、法改正や自主規制等も含め、別途の議論があり得ますが、そうした議論を進める場合も、製造免許というより、むしろ課税、販売、広告、表示や、商品設計、飲酒場所等のあり方について、指摘や提唱等がされています。

(参考)
SAFER initiative(World Health Organization)
https://www.who.int/initiatives/SAFER

3.終わりに

 仙台城跡に「仙台藩御用酒発祥の地」の石碑が建てられています。
 そこには「仙台藩に於てはいわゆる町酒屋と御用御酒屋とが競い合い酒類醸造技術の向上と藩の経済に大いに貢献した」と記されています。
 競い合うことによって日本酒の発展があったということだと思います。

 輸出用免許が議論された時から5年が経ちました。
 本稿により、日本酒の製造免許と新規参入のあり方について、関係者の間で一層のご理解をいただくことができ、更なる未来に向けて、建設的でオープンな議論が行われる一助となれば、一消費者として幸いです。(了)

(補記1)日本酒の製造免許の歴史


1.江戸時代
 日本酒の製造については、古くは神話、造酒司や僧坊酒等にまで遡りますが、近世以降では、江戸幕府や諸藩が、米本位制の下での酒造統制のために、「酒株」(「酒造株」)という免許制(営業特権)を導入しました。酒株は同一領内では売買が自由とされました。
 これにより、酒造への新規参入は、基本的には酒株を売買や分割(「分け株」)等により取得することで行われましたが、時期によっては、酒株が不要とされたり(届出制)、「新規株」(新規免許)が交付され、新規参入が進んだこともありました。

2.明治時代
 これに対し、明治新政府は営業の自由を基本として、営業特権である酒株を廃止し、免許料さえ払えば、酒造免許を自由化した(明治4年)ため、明治維新以降、新規参入が相次ぎました(鈴木芳行著「日本酒の近現代史」によれば、現存の酒蔵の創業時期は、江戸時代の43%に対し、明治・大正時代が47%を占めています)。
 明治維新による酒造免許の自由化がなければ、現在の酒蔵の数ははるかに少なかったかもしれません。

3.昭和、平成、令和
 その後、昭和の戦時下での統制経済では、新規免許に対する統制が強化される(昭和15年制定の旧酒税法)とともに、軍需生産の増強のため、昭和18年以降、酒蔵の多くも「企業整備」(企業合同、転廃業等)の対象となりました。
 戦後も引き続き、新規免許は極力抑制することとされ、戦時下で企業整備の対象となった酒蔵や、外地から引き揚げてきた酒蔵に免許を付与した(昭和31年度まで)ほかは、一貫して新規免許は認められてきませんでした。
 昭和28年に制定された現酒税法には、上述の「需給調整」の規定(10条11号)が明記されました。

 日本酒の製造免許は売買によって取得するという現在の仕組みは、歴史的には、明治維新によって否定された江戸時代の仕組みを想起させますが、戦後一貫して新規免許が一律に認められていないというのは、江戸時代よりも更に厳しいとも言えるでしょう。
 なお、戦中・戦後に行われた日本酒の市場統制としては、配給制は昭和24年、価格統制(公定価格)は昭和35年、生産統制は昭和45年(自主規制は昭和48年)に廃止されており、需給調整だけがその後も続いていることになります。

 こうした需給調整については、平成の世に移り、政府の行政改革委員会の「最終意見」(平成9年)において、
「酒類の製造免許については、運用面で実際に需給調整が行われているのは、中小企業の多い清酒及び焼酎等の製造者であり、結果として中小企業保護となっているおそれがあると考えられる。酒税の保全の観点から、需給調整要件も必要との考え方があるが、一般に需給調整規制は行政の裁量を広く認めるため弊害が多く既存企業保護を介する手法の効率にも疑問がある。また、酒税の保全のためには、逆に新規参入を促し、産業全体としての活性化を図るほうが適切であると考えられる」
と指摘されましたが、日本酒の製造免許については、令和3年に創設された輸出用免許を除き、令和の今も需給調整が続いています

(注)
 上記の行政改革委員会「最終意見」では、業界団体等について
既得権の維持を求めグローバル・スタンダードに適応していかない業界は、結果的に衰退していくことは明らかである。規制緩和に対する「省庁の抵抗」とよく言われるが、その背景には既得権を守りたい業界の意向が強く反映されている。団体内の利害関係に配慮して改革意見を控えたり、規制をめぐる調整を政治や行政に任せるのではなく、民間が自ら規制緩和・撤廃を実現するという強い姿勢を貫くことを期待する」
とも指摘しています。(了)

(参考文献)
塩崎潤「酒税法精解」(昭和28年)
三木義一「うまい酒と酒税法」(昭和61年)
柚木学「酒造りの歴史」(昭和62年)
鈴木芳行「日本酒の近現代史」(平成27年)
毛利泰浩「酒類の製造免許及び販売業免許における需給調整要件の在り方について」(令和4年)
大蔵省「明治財政史」「明治大正財政史」「昭和財政史」
国税庁「国税庁50年史」
税務大学校「酒税関係史料集」

(補記2)酒税法の免許制に関する憲法判例等


1.免許制
 憲法22条1項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と定めています。この「職業選択の自由」には、自己の選択した職業を遂行する自由(「営業の自由」)を含むと解されています。
 この憲法22条1項と許可制(免許制を含む)の関係について、最高裁の判例では、以下のように判示しています(平成4年12月15日判決等)。
「一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する」
「職業選択の自由に対する規制措置については、当該免許制度の下における具体的な免許基準との関係においても、その必要性と合理性が認められるものでなければならない」https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54281

 また、学説においても、新規参入規制の合憲性については、以下のように解されています(芦部信喜「憲法 第八版」(令和5年))。
「一定の資格とか試験のような要件ではなく、本人の能力に関係しない条件、すなわち本人の力ではいかんともなし得ないような要件(たとえば競争制限的規制)による制限である場合には、薬局距離制限事件の最高裁判決のように、厳格にその合理性を審査する必要があろう」
 なお、薬局距離制限事件の最高裁判決(昭和50年4月30日)では、薬局の適正配置規制(距離制限)を憲法22条1項違反と判断しています。https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51936

2.酒税法における免許制
 酒税法における免許制については、最高裁の判例では、これまでのところ、憲法の規定(13条、22条1項等)に違反するものではないとされていますが、その中では、平成4年12月15日の上記最高裁判決において、園部逸夫裁判官が、酒類の販売業免許について、以下の補足意見を既に述べていることが注目されます。
「現在もなお、酒税が国税において右のような地位を占める税目(筆者注:酒税の国税全体に占める割合が高く、これを確実に徴収する必要性が高い税目)であるかどうか、議論があることは否定できない」
「酒類販売業の許可制が、許可を受けて実際に酒類の販売に当たっている既存の業者の権益を事実上擁護する役割を果たしていることに対する非難がある」
「酒税法上の酒類販売業の許可制は、専ら財政目的の見地から維持されるべきものであって、特定の業種の育成保護が消費者ひいては国民の利益の保護にかかわる場合に設けられる、経済上の積極的な公益目的による営業許可制とはその立法目的を異にする」
「酒類販売業の許可制に関する規定の運用の過程において、財政目的を右のような経済上の積極的な公益目的と同一視することにより、既存の酒類販売業者の権益の保護という機能をみだりに重視するような行政庁の裁量を容易に許す可能性があるとすれば、それは、酒類販売業の許可制を財政目的以外の目的のために利用するものにほかならず、酒税法の立法目的を明らかに逸脱し、ひいては、職業選択の自由の規制に関する適正な公益目的を欠き、かつ、最小限度の必要性の原則にも反することとなり、憲法22条1項に照らし、違憲のそしりを免れない」
「酒類販売業の許可制一般の問題は、酒税及びその徴収の確保の重要性の有無と酒類販売業における自由競争の原理との経済的な相関関係によって決定されるべきものである。致酔飲料としての酒類の販売には、警察的な見地からの規制が必要であることはいうまでもないが、これは、酒税法による規制の直接かかわる事項ではない

3.酒税法における需給調整
(1)国税庁の通達

 上述のとおり、酒税法10条11号は、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の製造免許又は酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」には、酒類の製造免許や販売業免許を「与えないことができる」と規定しています。
 この「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要がある」の意義について、国税庁の通達(「酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達」)は、
「新たに酒類の製造免許又は販売業免許を与えたときは、地域的又は全国的に酒類の需給の均衡を破り、その生産及び販売の面に混乱を来し、製造者又は酒類販売業者の経営の基礎を危うくし、ひいては、酒税の保全に悪影響を及ぼすと認められる場合をいう」
と定めた上で、具体的には、上述のとおり、
 ①既存の酒蔵が製造場を増設する場合
 ②既存の酒蔵を買収等により継承する場合
 ③輸出用の日本酒を製造する場合
以外は、製造免許を一律に認めない取扱いとしています。https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sake/2-08.htm

(注)国税庁の当該通達は、前文で、「この通達の具体的な適用に当たっては、通達文章の部分的な字句について形式的な解釈を行うことのないよう留意し、法令の規定の趣旨・制度の背景だけでなく、判例・条理・社会通念を考慮して、適切な事務処理を行うこと」と述べています。https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sake/00.htm

(2)最高裁の判例
 この酒税法10条11号について、最高裁の判例では、酒類販売業免許との関連では、これまでのところ、規定そのものは憲法22条1項に違反するものではないとされていますが、その具体的な解釈や運用については、平成10年7月3日の最高裁判決は、
「『酒類の需給の均衡を維持する必要がある』、『免許を与えることが適当でない』(11号)という抽象的な文言をもって規定されている免許拒否の要件を拡大して解釈適用するときは、右の立法目的(筆者注:酒税の適正かつ確実な賦課徴収)を逸脱して、事実上既存業者の権益を保護するため新規参入を規制することにつながり、憲法の前記規定(筆者注:22条1項)に違反する疑いを生ずるといわなければならないのであって、あくまで右の立法目的に照らしてこれらの要件に該当することが具体的事実により客観的に根拠付けられる必要がある」
と判示した上で、当局による免許拒否処分に対し、当該事案の具体的な事実関係においては「10条11号に該当すると断定することはできない」と判断しています。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=63046

 また、平成10年7月16日の最高裁判決は、以下のようにも判示しています。 
「酒類販売業の免許制が職業選択の自由に対する重大な制約であることにかんがみると、同条(筆者注:酒税法10条)11号の規定を拡大的に運用することは許されるべきではない。したがって、平成元年取扱要領についても、その原則的規定を機械的に適用さえすれば足りるものではなく、事案に応じて、各種例外的取扱いの採用をも積極的に考慮し、弾力的にこれを運用するよう努めるべきである」https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=63066

 上記の園部裁判官補足意見も含め、これらの判示は酒類の販売業免許について述べられたものですが、その趣旨は製造免許についても基本的に当てはまるものと考えられます。
 なお、酒類の販売業免許の需給調整(人口基準、距離基準)は、平成15年までに廃止されています。

 以上の憲法判例や学説等を踏まえると、日本酒の製造免許に関しても、輸出用免許を除き、新規免許を一律に認めないとする取扱いについては、いかなる「重要な公共の利益」の観点から、いかなる「具体的事実」により、いかなる「必要性と合理性」が「客観的に根拠付けられる」か、ということになります。
 その際、「事実上既存業者の権益を保護するため新規参入を規制する」ということであれば、憲法22条1項に「違反する疑いを生ずる」ということになります。
 また、「事案に応じて、各種例外的取扱いの採用をも積極的に考慮し、弾力的にこれを運用するよう努めるべき」ということでもあります。

 日本酒の製造免許の新規取得を認めることに対してネガティブな意見等については、こうした憲法上の論点新規参入希望者の職業選択の自由等との整合性に配意や考慮が必要と考えられます。(了)

(補記3)ユネスコ無形文化遺産登録

以下に続く
https://note.com/sumamato/n/nce1365217896