連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その80
80. スーパー優子さん
優子さんの声がした。
「さ!さなだくん!大丈夫!」
優子さんの思い切り大きな叫び声が聞こえた。
そんなに私はひどい有様なのだろうか。
私の耳の穴だけは開いていたようだ。
「目がぁ、目が開がなひ・・・」
口の中にも喉にも何かが詰まっている感じがして
上手く喋れない。
私に一体何があったというのか。
死にたいくらい気持ちが悪かった。
「タオル!洗面器!バケツ!竹内!水くんできて!」
「バケツどこにあるの?」
「うわぁ、くさいよ!」
3人の声が聞こえる。
「さなだくん!これ!」
なにかを手に持たせてくれた優子さん。
濡れたタオルだ。
「これで顔を!目を押さえて!」
「うわ、顔、血だらけじゃん!」
坂井がさっきから状況を言葉にしてくれている。
私の顔は血だらけで臭いようだ。
「飲みすぎじゃない?これ何飲んだの?」
「はい!洗面器!真田くん!これ持って!ここに吐いて!」
「うわ、部屋中、血だらけじゃん!」
反省させようとしてくれている竹内と
果敢に立ち向かって修復してくれている優子さんと
状況をただ言葉にしてくれている坂井。
みんな私を助けてくれている。
私だけがダメな奴。
「何この瓶?ウイスキーじゃん!一本丸々空になってるよ!一人で飲んだの真田くん?」
「ダメ。タオル全然足りない。竹内!水とタオル買ってきて!」
「絨毯も真っ赤っかじゃん。もうこれ取れないよ。」
段々と自分の状況が絵になってきた。
まだ目が開けられない。
きっと前衛的な絵画のような部屋に仕上がっているのだろう。
絵の具だったら様になっていたはずの私の作品は
私の体内から出た吐瀉物のようだ。
こみ上げてくるゲロと涙。
みんなありがとう。
でもまだ何も言えないくらい苦しい。
仰向けの体勢から何とか、うつ伏せになった。
目に充ててたタオルを目から離して目を開けてみた。
ぬちゃ・・・
右目だけうっすらと開いた。
真っ赤っかの絨毯。
血を吐いたのか?
赤いゲロを吐いたのか?
血混じりのゲロか?
『赤いゲロ』か『ゲロのような血』か『赤いゲオルグと臭い私』
タイトルを付けるのに迷った。
鼻が詰まってて匂いがわからない。
最悪の状態だが、気持ち悪すぎてこれ以上動けない。
私はまた、うずくまって、
ただ時が過ぎるのを待った。
みんなの叫び声が遠のいていく。
また静寂になった。
おや?実家の自分の部屋にいるではないか。
さっきまでのは夢だったか。
東京に居るなんて夢だったのだな。
そうか、そうか。
半分開いている窓から音がした。
「おーい!サナーキー!プップップ!」
窓の外から私を車のクラクションと共に呼んでいる声が聞こえてきた。
友達が迎えにきたようだ。
行かなければ。
私は起き上がって玄関を出て、
階段を降りた。
あれ?
降りても降りても階段が終わらないぞ。
どうなってるんだ?
私の家は団地の2階だぞ。
「おーい!」
ずっと階段を降り続ける私。
2段飛ばしで勢いよく階段を駆け下りる。
手摺りに置いた手から煙が出そうだ。
「おーい!」
私を呼び続ける友達の声。
「おーい!」
タッタッタッタ!
階段を降り続ける私。
タッタッタッタ!
タッタッタッタ!
タッタッタッタ!
どんどんと暗くなってくる。
もう何階か分からない。
地下何階だろう。
もう光の届かない深海のように暗い。
漆黒の手摺り。
黒がなぜ光るのか。
急に明るくなったと思ったら変な音がした。
ぬちゃ・・・
ぬちゃ・・・
両目が開いた。
「おー!やっと起きたね真田くん!大丈夫?」
優子さんだった。
「大丈夫?起き上がれる?これ飲んで。」
今度は起き上がることができた。
すっかり綺麗に片付いた部屋。
真っ赤なゲロも夢だったのか。
優子さんがコップと胃薬を持って
大きな瞳の優しい笑顔でこちらを見てくる。
いちばん夢だと思えるくらい素敵だった。
私は優子さんが持っているコップを掴もうとした。
指と指が触れる。
夢ではなかったようだ。
ここが現実だ。
コップを受け取って入っていた水で錠剤を飲んだ。
喉に詰まっていたものも一緒に飲み込んだ。
喉と胃が痛いが気持ち悪さはほとんど無くなっていた。
「ん、んんっ!す、すいません。ごめんなさい。」
声も出た。
記憶も戻ってきた。
強い酒をがぶ飲みして意識を失ったのだ。
その間に天井に向かって赤いゲロを吐いたのだ。
自分のゲロが目に入って痛かったのだ。
「ここだけ、どうしても取れないんだよね。」
まるで何事もなかったかのような淑やかさで
優子さんが指差した絨毯。
まだうっすらと赤い。
しかし他の部分は、
どうやって元の緑色に戻してくれたんだろうか。
部屋全体が真っ赤っかのゲロまみれだったはずだ。
「まあ、座椅子かなんか置いたら分かんなくなるよね。」
ニコッと微笑む優子さん。
なぜこの人は怒らないんだろうか。
もうすっかり外は暗くなっていた。
私は朝の7時くらいから飲み始めたはずだ。
時計を見た。
夜の7時を回っている。
「もう早く銭湯行っておいで。あ、それ脱いで!お店の洗濯機に入れて回しておくからさ、あとで取りにきて。んーと、ゴミ袋まだあったかな?」
優子さんとふたりきりの部屋で服を脱ぐのか?
「いや、恥ずかしがってる場合じゃないから・・・ふー。
救急車呼ぼうと思ったんだけどね・・・・きっと飲み過ぎだって言われるだけだろうからさ・・・脈も意識もあったしさ・・・・ほんと・・・大丈夫?なにか嫌な事あった?」
「いや、なんもないです。はい。すいません。ほんと、すいません。」
「よかった。生き返って。じゃあ、お風呂行っといでね。」
「は、はい。すいません。」
謝るしかなかった。
優子さんの凄さが本当に分かるには
私には100年も200年も早いようだ。
『スーパー』の意味が分かるには、
自分が『スーパー』にならなければ。
スーパー優子さんが置いていってくれたキノコに気付かないまま、
スーパーに変身することもなく、
私は年を取っていくのだろう。
私には毒キノコがお似合いのようだ。
〜つづく〜
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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。
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