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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その75


75.   行き成り




歩くには遠いのでお店に寄ってから
自転車を拝借した。
誰かに何か言われたら
佐久間さんの家に行くと言えばよいだろう。
方面は同じだ。
佐久間さんの家から歩いてすぐのコンビニへ向かった。

なんせ24時間いつでもやっているのだ。
いつ行っていいところがコンビニの魅力。
それにもう背に腹は代えられない所まで来ている。
コンビニではなく私が。
こちらはもう切羽詰まっているのだ。
なんていったって、耳に鳴り響いている声がする。



・・・12万6400円だ。
 ・・・12万6400円だ。
  ・・・12万6400円だ。


この木霊こだまはしばらく鳴り止みそうにない。

自転車で風を切りながら思う。
そもそもバイト募集しているのかなとか、
面接はどんな感じかなとか受かるかなとか
そんなのはどうでもいい。
『働かせてください。お金が今すぐ欲しいんです!』
これを言うだけだ。
まるで外国で旅をしていたら
一文無しになって身動きの取れなくなった
バックパッカーのような気分。
バックパッカーさんには申し訳ないが
きっとこんな感じだろう。


コンビニに着いた。
おー。お店の入り口のガラスの部分に
【アルバイト募集】と書いたポスターが
貼ってあるではないか。よかった。


「おっしゃ。」
私は小さくガッツポーズをしながら
細かい募集要項の時間帯や時給の部分などは
全く見ずに店内に入った。


そのままレジに向かう。
奥側のレジの人を選んだ。
奥の部屋に入っていきやすいはずだから。

「いらっしゃいませ〜」

「すいません、ここでアルバイトしたいのですけど・・・」

「アルバイトの面接ですか?少々お待ちください。」


レジのその人はさっと奥の部屋に入っていった。
すぐにおっさんを連れてレジに戻ってきてくれた。
おっさんの胸の名札には【店長 山本】と書いてある。


「えーっと、電話をくれてた子かな?」

「あ、いえ、違います。そこにアルバイト募集と書いてあったので。」


さっそくさっきの入り口で見たポスターを利用した。


「いきなりだね。なるほど。えーっと、じゃあ何も持って来てないかな?」

「何も?」

「履歴書とか写真とか印鑑とか。」

「あ、はい。何も持ってきてないです。」

「んー。まあいいか。とりあえず話ししようか。えーっとこっちに入って来てもらえる?」

「は、はい。」


今度は私とおっさんがレジの奥の部屋へと消えていった。
店員さんが入っていったり出て来たりする所はよく見るが、
自分が入ったのは初めてだった。
奥行きは全くなく机がなんとか置いてある程度の幅。
いろんな書類で机の上は散らかっていて、
とにかく汚かった。
見えない部分とはそんなものか。


「えーっと、ここに座って。」

「はい。」


机の横になんとか置いてくれた丸椅子に座った。


「歳はいくつ?」

「20歳です。」

「あ、そう。若いね。その出で立ちはミュージシャンか何かやってるの?」

「!」


ジ〜〜ン!
私は感動してしまった。
とうとう!ついに!
【ミュージシャン】だと言われた!
この頭にした甲斐があったというものだ。


感慨深いがじっくり味わっている場合ではなさそうだ。
『すいません。もう一回言ってもらえませんか?』と言いたい。
おっと、球を握っているのは私のほうだった。
投げ返した。


「はい。ギターを少々。あ、音楽学校に通ってるんです。」


私はグレーな嘘をつき始めた。


「あっそう!音楽学校!どこの?」

「中野のナインスケール・ミュージックです。」

「あー!聞いたことあるよ。ここで働いている子にも確か同じ学校の子が居るよ。」


やばい。バレてしまわないだろうか?
ん?
一体何がバレたらやばいというのだろうか?
よく考えたら恥ずかしいというだけで
バレてはいけないような事をしているのではないことに
ようやく気が付いた。なんか堂々としてきた私。
堂々とグレーゾーンの嘘をついていこう。


「すいません。僕は新聞奨学生と言って新聞配達しながら学校に通ってるのでたぶん時間帯が違ってて、一般の生徒とは交流がなくて・・・」

「へえー。新聞配達してるの。大変だねー。お金要るもんね。」

「は、はい!そうなんです!」

「何時から何時まで働きたいとかある?」

「えーっと、その新聞がありますので、えーっと、出来れば昼間の9時から1時とか」

「おーちょうど良かった。その時間帯に一番、人が必要なんだよね。」

「あ、ありがとうございます。」

「いや、うちはもう昼の弁当を買いに来る人でごった返すからね。10時にこの棚を弁当でいっぱいいっぱいにしても、売り切れてなくなるんだよ。売り切れだよ売り切れ。弁当がだよ。」

「はー。」


私にはその凄さは分からない。


「パンもなくなるしね。本当すっごい忙しいんだ。良かったよ。その時間に来てくれるんなら採用だ。じゃあ9時から1時でいいね?」

「は、はい。お願いします。」

「んー。2時までにならない?」

「いや、あの夕刊があるので2時には戻っておかないと。」

「あ、そうか!新聞配達があるんだね。」

「はい。新聞があるんです。」

「苦学生だねぇ。がんばってね。」

「はい。ありがとうございます!」

「じゃあ、この用紙に名前と住所と電話番号と、あと・・・」


決まった。
採用された。
いつから来れるか聞かれたので
今日と言ったらウケた。
明日からアルバイト生活だぜ!


〜つづく〜

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