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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その18



18.   新人歓迎会



月の行事がお店に小さく貼ってある。
壁のホワイトボードの右端に。



専門用語すぎて何が書いてあるのか
文字は読めても内容がわからないものばかりだ。



・拡張デー
何が拡張されていくのだろうか。
・本社担当訪店
なんとなく誰か偉い人が来るのは分かる。


他にも書いてあるが
意味がさっぱり分からない。


・喰止め強化月間
・増刷あり
・縛りカード目標5枚


なんのこっちゃ。



おや?
第二日曜日に
新人歓迎会と書いてある!
そしてその次の日には
新聞休刊日と書いてある!



新人とは私のことだ。
これはすぐに分かった。


なるほど!
新聞配達が休みの前の日に
我々新人を歓迎する会が開かれるのだな。


素晴らしい!
楽しみだ!
みんな知ってるのかな?
誰もそんな話をしてないぞ。
私は忘れられてないだろうか心配になった。


しかし一体どんな会をするのだろう。
今更ながら自己紹介とかしないといけないのかな。



昼間にやるのかな。
まさか。
休みの前日にするくらいだから夜だろう。
夜遅くなるのだろう。



食べ物や飲み物が出るのか?
どこかに食べに行くのか?
お酒を飲むのか?
このお店でやるのか?



うおーっ!
詳細が知りたくてたまらない。



部屋に戻ってから坂井と竹内に聞いてみた。



「えっ、知らない。そんなのあんだ。」
坂井は一体何に興味があるんだろう。



「どっか行くんじゃない?俺行きたくないなー。
もう地元で飲み会に行きまくってるからさー。飽きちゃったよ。」
本当は行きたいと顔に書いてある竹内。



しかし二人とも何を言ってるんだろうか。
主役だぞ。
主役になれるのは最初で最後の一回だけじゃないか。
ピッカピカの一年生じゃないか。
歓迎されようじゃないか。



二人に聞いた私が悪かった。
よし。
次の日、朝ご飯を食べてる時に
優子さんに聞いてみた。



「優子さん。今月の予定の再来週の日曜日の所に
新人歓迎会と書いてあるけど、どこで何するのでしょう?」



「あー!新人歓迎会もうすぐだね!楽しみだね!
言ってなかったね。」



「どこか行くんすか?」



「行くよ!
いつもは焼肉屋さんだったけど、
今年は洒落たお店予約したよ。
食べ放題飲み放題だからね!
好きなだけ食べられるから!
いっつも少なくてごめんね。」



いや、十分すぎる量です私には。


私は両手を上げた。
「やっほーい!飲み会じゃないですか!
全員参加ですか?」



「もちろん。みんな来るよ!
所長は来ないけど。
私と優(すぐる)さんは行くよ。」



ほほう。
お店のメンバー全員で
食べ放題飲み放題か。
結構な大所帯だぞ。
めちゃくちゃになりそうな予感。



しかし楽しみだ。
しかもその次の日の朝の朝刊が無い。
飲みまくれるじゃないか!



いや待てよ。
全員来るということは
騒がしい先輩達にいじられる可能性がある。



あまりにも浮かれて楽しんでいたら
私に嫉妬する先輩が現れるかも知れない。



注意しよう。
大人しくしよう。
大人しく飲みまくろう。



それから毎日、
壁に貼ってある予定を眺めて過ごした。
何も変わらないのに。



そして待ちに待った朝刊休刊日の前日の日曜日。
朝の朝刊が爽やかに終わった。
今日は新人歓迎会の当日である!



この日のために
少しマシなシャツを洗って干しておいた。
散髪も完了している。



新人たちは夕方の5時にお店に集まった。
優子(ゆうこ)さんと優(すぐる)さんが
一緒に連れて行ってくれる。



他の先輩たちは、おのおので行くらしい。



バスに乗って新宿まで出るのか。
住んでるこの場所も新宿区だが
新宿の駅からは少し離れている。
新宿に住んでいるのに
新宿のことは何も知らない。


大阪でもそうだ。
生まれも育ちも大阪なのに
大阪のことなど何も知らなかった。



バスを降りた。
新宿の駅のお祭りのような人だかりに
非日常を感じながら
我々田舎者様ご一行は優さんと優子さんの後ろ1メートル
を保ちながら歩いていた。



「あ、ここだ!このビルの5階だって。綺麗じゃん。」



背の高い綺麗なビルの自動ドアが開いて
入っていく二人。


私と坂井は少し遅れて離れて歩いていたので
自動ドアは一度閉まった。



そのときである!


私の前を歩いていた
青森で一番の美男子は
あまりにも綺麗で透明すぎた
自動で開くガラスのドアに
顔から突っ込んだ。


ゴンっ!
「痛てぇ!」


しゃがみこむ坂井。


透明すぎてドアが見えなかったのである。



大丈夫。
この事件を見ていたのは私と
少し後ろを歩いていた竹内だけだ。



女の子たちはまだ、
だいぶ後ろの方を歩いている。
私たちが見えてはいるが、
坂井がまさか自動ドアが透明すぎて
顔から突っ込んだことには気付いていない。



今ならまだ誤魔化せる。
イメージがある。
坂井にはヴィジュアル系バンドのヴォーカルになるというイメージがある。
クールでかっこよくないといけないのだ。



新人歓迎会のネタにならぬように
黙っておこうとしたその時、
竹内が言った。



「坂井。お前の田舎ってさ、自動ドア無いの?」


「うん。無い。」



ダメだ!
面白い!



あまりにも素直すぎる二人の会話に
私は声を出して笑ってしまった。



そんなこんなをしてたら
女の子達の足が
私たちに追いついた。



前に進まない私達に本城由紀が笑顔で聞いてきた。



「ん?どうしたの?」



「いや、なんでもない。」と私は
笑いを噛み殺して言った。
竹内が私の顔を見て察してくれた。



「行こう。5階って優子さんが言ってたよ。」


エレベーターに乗って
5階に着くと優子さんが見えた。
お店の前で入らずに待ってくれていた。



「もうみんな来てるよ。はやく!」


「はい、すいません。
下で坂井の端正なヴィジュアル系の顔面が、、、」


「えっ?なに?」


「いえ、何でもないです。」


優子さんになら話してもいいかなと思ったけど
やめた。



中に入って奥に進んでいくと、
横一列に長いテーブルに
先輩たちが座っていた。



このテーブルだと
左端と人と右端の人が会話できる確率は
ほぼゼロで、
60年ぶりに見える彗星のごとく
まず出会うことはないだろう。



上座のど真ん中にさすがの優さんが
堂々の三席分をひとつのケツで
埋めるという着地をされていた。


一番右端に居たチョッパー大野が
勢いよく席から立ち上がると
新人の私たちにどの席に座るかを
言いに来た。



「優子さんは優のとなり。
男どもはあそこの席。
女子達はここ。」


しっかりと指をさして
席を教えてくれた。



左端に新人の男どもの席があり
右端に新人の女の子達の席があり
チョッパー大野と沢井先輩は
女の子達の正面を陣取っている。


他の大人な先輩たちは
センターの優さんと優子さんの向かいに座っていた。



これでもう
左端は存在しないものとなった。
無い物と化した。



北海道の大学生も来ていた。
一番左端の上座にポツンと座っていた。
そういえば彼も私達と同じ新人だ。



存在が無いもの同士だ。
せっかく彼に気がついた私は
どうやってここまで来たのか聞いてみた。


「・・ニキの・・じょが・・」



声が小さすぎて全然聞こえない!
細野先輩より小さい!



ふと細野先輩が気になったので探してみた。
篠ピー先輩となんやら会話しながら
水を飲んでいる。大人な雰囲気だ。
私はあそこに混じるべきだろう。



細野先輩は会社員の経験があるから
26歳。チョッパー大野と同い年だ。
その一つ下の篠ピー先輩。


その右横に座っていた
女子の先輩が二人居る。


二人とも20歳だと聞いた。
歳は私と同じだが、
ここでの経験年数は2年だから
2つ先輩になる。



そうだ。
存在のない男に質問していたのに聞いていなかった。
もう一度しっかりと聞こう。


聞こえなかったと伝えると、
もう一度話してくれた。


「兄貴と兄貴の彼女がここまで連れて来てくれたんだ。
兄貴がもともと、このお店の新聞奨学生で昨年までいたんだ。
それで付き合ってる彼女が志賀さんで・・」


「志賀さんって、確か、あそこに座ってる先輩?」


「うん、そうそう。兄貴も一緒に近くまで来たんだけど。」


「ほうほう。兄貴が近くに居るんやな?」


「うん。自分で部屋借りて近くに住んでる。」


「あ、そっち?
へぇ。かっこいいなぁ。お店に頼らんと自立したんやな。
ところで何やってる人?」


「パチンコ」


「パチンコ?」


「うん。パチンコが好きでパチンコ屋で働いてる。」



「なるほど。好きを仕事にしたんやな。
素晴らしいじゃありませんか。じゃあ学校もパチンコ関係の?」



「そんなの無いよ!真田くん!」


竹内が突っ込んでくれた。
聞いてたのだ。


存在の無い左端組も
なんとか素敵な時間を過ごすことができそうだ。



食べ物や飲み物がどしどしと運ばれて来た。



坂井は優子さんの隣の席で
ずっと黙って食べ始めている。
酒は飲んでいない。



優子さんは優さんの右隣だから
私たち左端組に近い位置に居る。



優さんが大きな声でみんなに言った。
「みんな、どんどん食べろよ!今日は飲んでもいいからな!」



こちら左端組にまで騒がしい先輩達の大きな声が聞こえて来る。
しかし右端を見る気には、なれなかった。
竹内はずっと右端を気にしている。



「おい!竹内!」
とうとうチョッパー大野が竹内を呼んだ。


もう酒が回ってきたのか。


竹内は無事、
右端組に移行した。
待ちに待った花形の右端組。
呼ばれた瞬間にはもう、私の隣から消えていた。



ネタに詰まった先輩達は
新しい話のネタが欲しかったのかも知れない。



ネタになった竹内。
星になった少年。


私は左端組で良かった。
何も考えずに、何も気にすることなく
飲んだり食べたり出来る。



しかしもうお腹いっぱいだ。
なのに、まだまだ料理は運ばれて来る。



しばらくすると
少し静かになっていることに気が付いた。
チョッパー大野がトイレに行っているからだと
わかった。



私は何も気にすることなく次のビールを頼もうと
店内を見渡した。
できるだけ可愛い女の店員さんに頼もうと
キョロキョロしていた。首が痛い。



その時ちょうど後ろに
トイレから戻ってきたチョッパー大野が
テーブルの隙間に入ってきて
空いていた今は亡き竹内の席に座った。


「ねえねえ、飲んでる?」


「はい。」


「空じゃん!頼みなよ!すいませーん!」



店員さんを呼ぶ手間を省かれてしまった。
店長みたいなオッサンが注文を取りに来た。



チョッパー先輩もこんな左端の存在の無い我々に
絡んでくるんだから、だいぶ飲んだのだろう。
トイレも長かった。
それにも関わらず話は上手かった。
飲み慣れてるようだ。



「ねえねえ、ここの女の子の中で好きな子とか居ないの?」



なんとも突然、私の心の部屋に土足で入ってきた。



「いや、まだ来たばかりだし、誰が誰とかよく分かんな・・」


「んじゃ、君は?誰が一番可愛いと思う?」


今度は坂井に聞いていた。



「いや、可愛い子は一人もいませんねー。」



さすが男前。


つまらなさそうな顔でもう一度私の方を見た
チョッパー大野がニヤリとして言った。



「じゃあさ、この中の誰かと付き合わないといけない
としたら誰にする?」


こいつ。
その答えを右端組に持ち帰って土産にして
何かする気だな?



よし。
一番無難で誰も傷つけない答えが出来た。


私は答えた。
「優子さんで。」



下品な質問に私は上品に答えることが出来た。



「いやいや、そうじゃなくて!
新人の女の子の三人の中で!」


「いやー、僕は優子さんがいいですねー。」



もう一度言ってしまった。



優子さんをチラリと見た。
どうやら聞こえてはいないようだ。


私は飲みが足りないようだ。
頭の中では三人とも付き合いたかったからだ。
一人になんて決められない。


元気で活発な由紀ちゃん。
大人しくておしとやかな千尋ちゃん。
何を考えているのか全く分からない不思議な麻里ちゃん。


見事に三人とも個性的だった。
誰かだけを知りたいというよりも
三人とも知りたかった。



そんな頭の中の答えを口から出せないなんて
まだまだ飲み足りなかったのだ。
もしくは年齢が足りなかった。



チョッパー大野は、つまらなさそうに
元の右端の席に戻って叫んだ。



「おい!竹内!もっと飲めよ!」



我ら左端組の領地からは
何も持ち帰ることが出来なかったようだ。



もうお腹いっぱいの私達に
優さんの大きな声が響いた。



「お前達、全然食べてないじゃないか!
もっと食べろよ!」



それはまるで、
一人で三席分座れるようになれよ!
と言っているようだ。



優さんは思い出したように言った。


「そうだ!二次会どこ行きたい?」


なんと?
二次会があるのか。



優さんが言ったのだから間違いない。



しかし、
どこに行きたいと聞いて来るということは
何も決まってないのだな。



右端組からチョッパー大野の声が聞こえて来る。
「ねえねえ、二次会どうする?カラオケ行く人!」


ありきたりで多分毎年恒例らしき、
そのやりとりを聞いて
私は左端組に居ることに感謝した。



優さんは
我々左端組を心配してか、
一番年上の私の方を見て聞いてきた。


「二次会どこか行きたい所あるか?」



私は何も考えずに
空っぽの頭でなぜか行きたい所を言った。



「ストリップ・・・
ストリップを見に行きたいです。」


口が勝手に喋っていた。
自分でも驚いた。



坂井と弟くんが
顔を上げてこちらを見てきた。
まばたきをせずにこちらを見ている。



その瞬間、優子さんが言った。



「あ、私も見てみたい!行こう!」



な、なんてことだ!

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