仮題、映画
子供の頃から、映画館が好きだった。実際のところ、すごく映画が好きだとか、
たくさん観ていただとかいうことは無かったのだが。
映画館の薄暗さや、床のカーペットの感触や、ポップコーンの匂いが、
好きだった。
昔は、映画を観に行くといえば、コロナワールドに行くのが常だった。
コロナワールドは、主に中部や北陸に分布する複合施設だ。
温泉、ゲームセンター、映画館に食事処、あるいはパチンコ屋が含まれていて、
田舎の人間にとっては娯楽のすべてを網羅できる施設なのだ。
昼過ぎに映画を見て、風呂に入り、温まった体をゲームセンターのエアコンで冷やす、
そんな一日は、幼い私にとってはいささか刺激的にすぎるものであった。
パチンコ屋やゲームセンターが入っていることもあって、施設全体にどこか
退廃的な空気が流れているように感じた。
「まさしくこれが酒池肉林、欲望渦巻く肉欲の宴かあ」
などと、子供ながらに大袈裟なことを思ったものであった。そのような印象のせいか、
訪れた翌日の朝の虚無感たるや、凄まじいものであったと記憶している。
もう、そこには長く訪れていない。
郊外に位置するため公共交通機関では行きにくい。
似たような温泉設備を含む巨大複合施設もないことは無いのだが、
やはり映画館のあるものは少ない。
何より、映画を見るだけなら駅前のシネコンで事足りる。
しかし今でも時々、
親の運転する車から降りた時の、
ガソリンと換気扇の排気と、ポップコーンの混ざったあの匂いを、
思い出すのである。