vol.1 すき焼きの多様性と譜面化
すき焼きが好きでよくお店に食べに行く。
お店で食べる楽しみは、それぞれのお店によってすき焼きの作り方が異なるところにある。
すき焼き屋には仲居さんが卵を割るところから最後まで給仕してくれる店とそうでない店があるが今回の話は前者のフルサーブしてくれるお店の話。
すき焼きをフルサーブするということは、つまり目の前で調理から配膳まですべてオープンに行われるということである。他に客前で調理するものとしては、鮨や天麩羅、焼き鳥や鉄板焼きなどが思いつくが、いずれも職人やシェフなどの調理の専門スタッフが担当している。
一方ですき焼きは仲居さんと呼ばれるサービスの専門スタッフによって調理されるところが他の料理と大きく違うところだろう。
事前にレシピ開発がなされてるとはいえ、調理プロセスの大半を料理の修行をしていないスタッフに委ねる形式は珍しい。
しかもこの仲居さんたちが作るすき焼きは人によって多少の技量の差はあれど、ほぼ同じ味を毎回味わえるところに、完成された伝統芸能のような魅力を感じるのだ。
すき焼きを専門に提供するお店は無数にあり、店ごとに食材の種類、調味料の配合、鍋の大きさ、火元の種類(ガス、電気等)、お皿の構成などのすき焼きに関連するパラメータが異なっている。
その中でお皿の構成について説明すると、多くのお店は取り皿は1つでそれに卵を割り入れて、焼いた食材をつけて食べる。しかし、いくつかのお店ではその卵を入れる取り皿とは別にもう1枚用意してあり、仲居さんは鍋からまずその皿へ取り分けて、その先は自分で卵の入った取り皿へと運ぶ形式が存在する。
一見すると大したことのない違いに思えるがこれがかなり影響が大きい。ダイレクトに卵の入った取り皿に具材を入れると鍋が進むにつれて卵に味が移って何を食べても味が濃くなってくる。
しかしワンクッション皿があるとほぼ後半までキレイな卵のまま迎えることが可能なのだ。それまで何度も卵をお代わりをしてきた身としては初めてこの取り皿構成に出会った時に1つの鍋を1つの卵で済ませられることに感動を覚えた。
この取り皿構成の利点は他にもある。仲居さんがフルサーブするお店では仲居さん側に食事進行の主導権があるように思えるが実はそうではない。通常のお皿構成の場合、食事客が取り皿を持っているとそこに給仕することは難しく、最適な給仕タイミングを逸する可能性が大いにある。
しかし、このワンクッション皿があることで食事客の進行と関係なく最適なタイミングで給仕することが可能になる。ここでいう最適なタイミングというのは食事客が口へ運ぶタイミングではなく、仲居さんが適切に火の通った状態の食材を鍋外に摘出し一時的な冷却期間を経た後に口へ運ばれることを想定したタイミングのことである。
食材、調味料が変われば当然のことだが、お皿のようなパラメータが変わるだけでもすき焼きとしての印象は異なってくる。
これまですき焼き屋を食べ歩いてきた際に、上記のようなパラメータの違いに興味を抱き、お店ごとの食材と分量、鍋へ食材を投入するタイミングや給仕する順番などをすべて書き留めるようにしていた。可能な範囲で割り下などの調味料についても仲居さんに聞き込みしてある程度の配合比率は分かっている。また仲居さんによって技術の差があるので平均値を求めるために同じお店に3回は行くようにしていた。
こうして集めたデータをエクセルにまとめているのだが、そのデータをぼんやり眺めているとお店ごとのすき焼きのパターンが浮かび上がってくる。
一般的にすき焼きには「関東風」「関西風」といった分類があるが、実際には二分するだけでは足りない多種多様なすき焼きが存在することが分かってきた。
それらは単に食材の違いだけでなく鍋に入れる順番、火力調整、割り下の投入タイミングなど複合的な要素が時系列を伴って複雑に絡んでいるので言葉で説明するのが難しい。しかし、この特徴をどうにか分かりやすく説明したい。様々なビジュアライズの手法を検討した結果、舞踏譜をベースとしたフォーマットですき焼きの流れをまとめる方法を思いつくに至ったのである。
これをすき焼き譜、「Sukiyaki Notation」と呼ぶ。
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