ライター
街の中心にある古びた文房具店には、奇妙な品が並んでいた。その中で最も目を引くのは、錆びた金属のライターだった。店主はそれを「使えないライター」と呼び、値段もつけずに店の片隅に置いていた。ライターにはほとんど擦り傷と塗装の剥がれしかなく、誰も手を伸ばさなかった。
ある日、一人の若い女性がその文房具店に立ち寄った。彼女は雑誌に載っていた珍しい文房具を探しており、店主に尋ねたが、目当てのものは見つからなかった。店を出ようとした時、ふと目に留まったのがそのライターだった。興味本位で手に取り、状態を確かめたが、やはり火をつけることはできなかった。
女性は店主に、「このライター、どうして使えないんですか?」と尋ねた。店主は微笑みながら答えた。「それは、使えないことに意味があるのです。試してみてください、面白いことが起こるかもしれません」
半信半疑でライターを持ち帰った彼女は、家に帰るとテーブルの上に置き、そのまま忘れてしまった。数日後、彼女はライターが何か奇妙なことをすることを期待しつつも、そのまま放置していた。
ある夜、仕事から帰ると、部屋の中に異常な静けさが漂っていた。ふと視線を感じ、テーブルの上の「使えないライター」が微かに光っているのに気づいた。ライターを手に取った瞬間、周囲に不思議な温かさが広がり、心の中の疲れや不安が軽くなっていくのを感じた。
その夜、安らかな眠りにつき、翌朝、驚くべきことが起こった。家の中にある物が、どれも以前より美しく見え、日常の小さな出来事が心から楽しめるようになっていた。ライターが持っているのは、火を灯す力ではなく、心に火を灯す力なのだと気づいた。ライターは、感情を解放し、日々の些細なことに感謝の気持ちをもたらしていたのだ。
その後も「使えないライター」を大切にし、時折手に取ってはその温かさを感じながら過ごした。ライターは物理的には使えなくとも、心には確かな役割を果たしていた。そして、それが単なる物ではなく、心の奥底に潜む豊かな感情を引き出す鍵として使えることを理解したのだった。