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クリスマスカラー

 pixivのブックサンタ2023企画の参加作品です。
 クリスマスカラーを赤と白と緑だと知った子供が、母親と共に訪れたファミレスで、ちょっとはしゃいでしまうお話です。

クリスマスカラー


 クリスマスカラーは赤、白、緑であると、たまたま観たテレビで言っていた。それに金色も含まれると聞いたことはあったけれど、母親は幼い息子が三色の方を知ってはしゃいでいるので、今は何もいわないでおこうと判断した。
「ほらママ見て、あそこもクリスマスカラーだよ」
「ほんとねえ」
「あ、あっちにもあるよママ、あそこ。赤と白とみどり色!」
 連れ立って歩く道中で、三色を見つけるたびに報告してくる幼い息子に、母親はその都度微笑んで頷いていた。
 二人は昼食を食べるべく、大きなクリスマスツリーが目を引くファミレスに入った。案の定、息子はツリーを指さしてツリーだツリーだとはしゃいでいた。初めて入る店ではないが、今日は三色に凝っている息子は、ここでも見つけるたびに報告してくるのだろう。
 席に着くとまずはメニュー。開いて三秒後に始まった。
「ママ、ここにも赤と白とみどりがあるよ。クリスマスカラーだよ」
「ほんとねえ」
 いつものお子様ランチの中にもあった。オムレツにかかったケチャップの赤に、コーンスープに散らされたパセリの緑に、プレートの白。飽きずにはしゃぐ我が息子に、母親の笑顔も尽きなかった。食事中は多少は大人しくなったけれど、その後も息子はきょろきょろと辺りを見回して、新たな三色を探していた。やがて少し落ち着いたとき、店に新しい客が入ってきた。若い女の子二人組。息子がそちらを向いたが、母親は特に気にしなかった。けれど何かに気が付いた息子は、ぱっと瞳を輝かせて母親に訴えた。
「ママ、ママ、見てあの人。クリスマスカラーだよ、ほら、ほら」
 興奮気味に叫んだ息子の声の大きさに、母親は慌てた。驚いてこちらを見やった周囲の客は、次いで息子が指さす方向に目を向ける。
 そこにいたのは、一人は茶色のショートヘアでピンクのセーターに黒のスカート、もう一人は長いウェーブがかった黒髪の両サイドをアップにし、深緑のワンピースに赤いショルダーバッグ、そして白いコートを羽織っていた。なるほど、確かにクリスマスカラーだ。息子の目を引いたのはこちらの女性の服装らしい。
 集まる視線と騒いだ子供の声に、当の二人もこちらを向いた。なおも母親に訴えている息子の指を下げさせて、母親はすみませんと頭を下げる。相手は控えめにも笑ってくれたので、ほっと胸をなでおろす。
「クリスマスカラーだったでしょ? おようふくが全部クリスマスカラーだったんだよ」
「うん、そうね。だけどあんまり大きな声で言わないでね」
 息子は満足そうに頷いている。一応ごめんなさいと言ったので、叱られたことは理解してくれたらしい。
 意図せず注目を浴びた若い二人は、自分達とは少し離れた席に向かい合って座った。もう息子からは見えないので、騒ぐこともないだろう。
 やがて母親は、ホットティーを飲むためにドリンクバーに向かった。自分も行くと言ったので、息子も一緒に連れ立った。そこで先ほどの少女たちと出くわした。
「さっきはすみません、子供が騒いでしまって」
 彼女達は笑顔で、いえいえ、と手を振った。寛容な人達で助かった。子供は無遠慮に少女たちの、もといクリスマスカラーの少女を見つめている。見つめられた少女は、息子の前で少しかがむと、自分の耳を見せて指さした。
「これはクリスマスツリーだよ」
「ホントだ!」
 そこにはゴールドのツリーをかたどったピアスが輝いていた。彼女のサービス精神に、母親はにこやかにお礼を言った。
「おねえさん、サンタさんのじょしゅ?」
「え、助手? あははは、そんなこと初めて言われた」
 笑う彼女に母親も友人も笑っている。けれど問いかける息子は至って真面目だ。
「まあ、そうかも。クリスマスを盛り上げるために頑張ってるの」
「そうなの? すごいね」
 ドリンクバーに男性客が入ってきた。邪魔にならないよう道を開けると、優しい笑顔を向けられた。微笑ましい今の一部始終を見ていたのかもしれない。
 じゃあね、と言って彼女達が自分の席に戻り、母親も自分の紅茶を入れて戻ろうとすると。
「おじさんも、サンタさんのじょしゅなの?」
「え、俺?」
 息子が男性に話しかけていた。突然問われた男性は驚いて、きょとんとしている。
「おじさんもクリスマスカラーだもん」
 男性は自分の服装は眺めた。母親も彼の服装を見てみるがわからない。彼は白のダウンジャケットに黒い靴、水色のパーカーにジーンズだった。
 探す男性に息子が指さしたのは、パーカーのポケットだ。そこには赤と緑で英字のプリントがあった。小さくて見逃してしまいそうだったワンポイントのデザインだったが、身長の低い息子の目線では丁度見えたのだろう。白いコートも同時に視界に入ったことで、クリスマスカラーというわけだ。
「ああ、なるほど、これか。うん、そう、ちょっとワンポイントで盛り上げてみたよ」
「すごいね」
「そう? ありがとう」
 男性は人あたりの良さそうな笑みを浮かべて頭をかいた。母親は息子の相手をしてくれたことにお礼を言って、自分の席に戻った。

 微笑ましい光景を目にした客たちは、こっそり自分の服や持ち物を確認し始めた。そして目当てのものを見つけると、小さな声で一緒に来ている友人や家族に見せあった。
「見て」
 三人組の女子高生の一人が、自分のバッグにつけていた、くまのキーホルダーを持ち上げる。淡い黄色のくまが穿いているスカートは、白地に赤と緑のチェック柄。
「クリスマスカラーじゃん」
「ね。私も今気づいた」
「でも小さすぎ」
「あの子に言わせれば私もサンタさんの助手だよ」
「見せてくれば?」
「いいよ、それはさすがに」
「喜ぶかもよ」
 女子高生がこっそり盛り上がっていることを、親子は知らない。

「見て、あなた。このタオル、白と赤と緑が入ってるわ。あの子に見せたら喜ぶかしら」
「やめておけ。見ず知らずのおじさんおばさんに突然声をかけられたら、怖がるだろう」
「やあね。冗談よ。でもうちも孫に見せたら喜ぶかしら」
「もうあんな小さくないんだから、それくらいじゃ騒がないだろ」
「ちょっと言ってみただけじゃないの。それにしても可愛いわね。うちの子もあんな時代があったわよね」
 こちらの老夫婦もこっそり話題にあやかっていることを、親子は知らない。

「私の爪見せたらあの子喜ぶかな」
「かもね」
 友人と来ていた女性が、自分の爪を眺めて呟いた。今日のネイルは白をベースに緑のラインと赤のワンポイントのハートがあった。そんなに目立たないけれどクリスマスに合わせたものだ。
「私は今日、クリスマスカラーは持ってないな」
 友人の言葉に、その服装と爪を確認してみる。確かにぱっと見では三色はない。爪はすべて赤色。バッグはキャメル色。白と緑がない。けれど足元を確認してみると。
「その靴紐、緑じゃん」
 相手は自分のスニーカーを確認して笑った。
「忘れてた」
「でも白がないね」
 友人は自分の携帯を取り出した。
「白だ」
 二人して小さく笑った。こちらの二人の女性客もこっそり影響を受けていたことを、親子は知らない。

 若いカップルが入ってきた。客たちはいちいち他の来店客を確認しているわけではなかったが、今回は目を引いた。それは男性の頭に、ふちに白いファーがついた赤いサンタ帽が乗っていたせいだ。
 さきほどの親子の可愛らしい出来事に触れている客たちは、あの男性を見つけたときの男の子の反応が気になった。あの子はきっと喜ぶはずだ。けれど二人が案内されたのは親子からは見えない席だった。皆がこっそり残念に思ったことを、当人たち親子は知らない。
 そうしてついに、親子が店を出る時が来てしまった。あの男性客をあの子に見せてあげたかった客たちの視線は、レジに向かう親子に集中する。
 そのときサンタ帽をかぶった男性が、ドリンクバーに向かうためにレジに立つ親子の方へやってきた。今だ、見ろ! と接触を願う客の思いが一致したときだった。男の子は皆の声なき思いに応えるように、視線を上げて彼を見た。
「ママ、ママ、ママ、あの人サンタさんの帽子かぶってる。見て見て見て」
 母親のコートを引っ張って興奮気味に話す息子に、彼女はやめなさいと小さく言いながらも顔を向けた。二人の視線の先に、ドリンクバーから戻ってきたサンタ帽の男性がいる。ドリンクを入れて戻ってきた彼は、二人の横を通り抜けて席に座った。
 何かが起こるわけではなかったが、あの男の子が彼を見つけたことと、その反応を見られたことで、それを求めていた客たちは満足だった。
 男の子はサンタ帽の彼が気になるのか、会計中の母親の隣で、じっとそちらを見つめている。その時呼ばれた店員が彼らのいる席に行った。注文を聞いて戻ってきた店員に、男の子が何かを聞いている。店員は膝を曲げて耳を傾けていた。店員は笑って振り返ると、サンタ帽の男性と何かを話し、戻ってきて男の子に何かを言った。すると母親にしがみつきながら飛び跳ねる男の子の、興奮気味な声が聞こえてきた。
「そうだって! あの人サンタさんの見習いだって!」
 どうやら男性客も、男の子の話に乗ってくれたらしい。母親はまたもお礼を言って、周囲に頭をさげていたが、この日この店内にいた店員と客たちは、誰もこの親子を不快に思うものはいなかった。

 クリスマスシーズンの昼下がり。突如ファミレスに訪れた、微笑ましくも賑やかで無邪気なひと時。あの親子が与えてくれた柔らかな日差しのような温かさは、彼らが出て行ったあとも、暫く店内を優しく包んでくれていた。

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