「あなた、コロナにかかってますよ」15話
私の体内に”ヒュルっ”と入ってきたのは『田中』。そう、12話のなかで私にいたずらを仕掛けてきた、あの、『田中』だった!
なんでわかったかというと……声に聞き覚えがあったからだ。彼のしゃべり方はとってもぶっきらぼうで、とっても態度が悪い。あんなしゃべり方をする人は他にいない(笑)。
しかし、さすがに何が起きてもほぼ動じなかった私も、わかったところでこの状況はすぐに呑み込めるものではなかった。自分以外に誰もおらず「今の、なに!?」と聞ける人もいない。ただ一人で岩のように固まったまま、今起こった出来事を脳内で反芻し、無理やり腑に落とすことしかできなかったのだった。
私がまず心配したのは”コイツはいいヤツなのか!?”ということだ。
「いやまずそこかよ!!」って声が聞こえてきそうだけど(笑)、だってまず、私自身に《みえないヒトが入ってくる》なんて発想が一切ないのである。もし普段から(誰かが入ってこないかなー)なんて願望があったなら、自分の妄想という可能性も無きにしもあらずではあるけれど、そんなものは自分の人生には起こり得ないと思っているのである。つまりこれは、だからこそホントなんだと思ったのだ。
むしろ私が心配したのは、(もしかしてコイツは邪悪なヤカラで、私のカラダを乗っ取って悪いことをたくらんでいるのでは……)ということであった。
それはイヤだった。
”天使”とか”スピリット”とか”上の人”とか、呼び名はどうでもいいけれどこんなに口の悪いヤツ、いるんだろうか?そうだ、時々、そういう存在のフリをして憑りついてくる下等の霊がいるっていうじゃないか。コイツは私が弱っているのをいいことに、私に憑りつこうとしているのではないか!?
だとしたら……どうしよう……どうしよう……
思いを巡らす。
でもなぁ……確かに口は悪いけど、彼の言うことは決して私を陥れようとしているものではない。もちろん、彼の言っていることは突拍子もないことだし、言われた通りにすることでどんな未来が待ち受けているのかわからない。だけど、じゃあ今の生活をつづけていることが私にとっての最善なのかと言われれば、もはやそうではないことは一目瞭然だ。昨夜、それに気づかせてくれたのは、紛れもない『田中』だった。
てことは……とりあえず、信じてみてもいいのかもしれない。
誰もいない病室は、考えごとをするのには最適な環境だった。
私はとりあえず、『田中』を受け入れてみることにした。だって考えてみれば失うものは無いんだもの。ひとまず受け入れて出方を待ってみよう。
イカれてると思うかもしれない。私自身、何度もこの状況を信じていいのかと思った。
だけど、『田中』はその後も一貫して弱気になる私を、ときに強くときに優しく励ましてくれた。病院にひとりいて、これからのこともどうなるか全くわからなくて、家に帰れば育ちざかりでカネのかかる子どもが二人いて……よくよく考えてみれば、不安にならないほうがおかしい。そんな状況を乗り越えることができたのは、間違いなく『田中』の存在があったからだと今でも思うのだ。
入院中、こんなことがあった。
その日はクレジットカードの引き落とし日で、私は所定の銀行口座にお金を入れていなかった。ふと、引き落としがされないことが気になり、銀行の残高を確認しようとしたその瞬間
「見るな!」
と、またまた『田中』の怒号がとぶ。
「そんなこと今心配するな。絶対なんとかなるから、気にしないで自分のやることやれ!」
「……わかった」
こんな感じではじめの頃は、しょっちゅう脳内で叱られていた。ちょっと不安に思うようなことがあると
「そんなこと考えるな!」
と速攻でダメ出しが飛んでくるため、マジで恐ろしかった。(だって、口にもしてないのに怒られるって、ビビるよホント)
だけど日が経つにつれ、そのお小言があんまり無くなってきた。
(いなくなっちゃったのかな…)と思って「『田中』いるの?」と聞いてみる。すると
「オマエちゃんと自分のやることやってるから。だからオレも自分のやらなきゃいけないことやってる」
という。そっかぁちょっと認めてくれたんだなぁと嬉しくなった。
一貫して言えるのは、やっぱり『田中』は百パーセント私のことだけを、私がこれから幸せになれることだけを考えていてくれるということだった。そんな存在がいるってことがものすごく心強かった。