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「あなた、コロナにかかってますよ」6話

ようやく重い腰を上げ”発熱専門クリニック”にやってきた私。医師とのみじかーい診察を終え、PCR検査のため別室へ通された。「どうぞ」と言われて入ったそこにはシンプルな白いテーブルがあり、アクリル板で隔てた向こう側には女性スタッフがいた。彼女は試験管のような容器を差し出し、ここに唾液をためてくださいという。必要ラインをみるとなかなかの量で、私は内心
ゲッ!!!
と思った。だって、だって、熱がある私がそんなにのどが潤っているわけないじゃない。しかも外出するというのに飲み物を持参することも忘れてしまった。ツバを出すどころかむしろ、水分補給が必要なくらいである。
しかし、そんなことを思いながらもマジメな私は、文句も言わず作業に励むのだった。思い返してみても哀れだ。

ちょっとくらい抵抗してもよかったのではないだろうか。
「たぶんなかなか出ないと思います」くらいなことを訴えてもよかったのではないだろうか。

案の定、唾液はぜんぜん出てこない。苦戦している私をみてスタッフさんが
「梅干しとかレモンとか思い出してみてください」
とおっしゃる。ふと見ればアクリル板でついたてられたテーブルの上に、それはそれは立派な梅干しの写真が貼ってあるじゃないですか!!もう少しまともな人ならこれでもツバが出るのかもしれないが、四日間脳が沸騰してイカレてる私には、その写真は笑う材料でしかなかった。

現物はもっとちゃんと梅干しです(当たり前)



私は脳の中で必死に、実家から送られてくる、正真正銘手づくり百パーセントのほんっとにすっぱい梅干しを思い浮かべる。もちろんその感覚はしっかり覚えている。確実に酸っぱい口にはなる。しかし、だからといってそれが唾液に直結するとはどうやらならないようだった。いくら酸っぱいものを思い浮かべても原料(つまり水分?)がないことには唾液の製造は追い付かないんじゃないだろうか。
そんなことを考えながらも私は、もう口のなかのあらゆる組織を総動員させ、がむしゃらに唾液を収集する。向かいに座っている女性スタッフさんは少し離れた奥のほうから「まだ終わらない?」みたいなことを聞かれているようだ。どうやら明らかに私の唾液収集は時間がかかっており、検査を待つ人たちに影響を及ぼしているらしい。
朦朧とした頭でも焦る。
私は非常に空気を読むタイプなのである。
とうとうしびれを切らしたスタッフさんが「ちょっと上にあげてみてください」というので収集を一度やめ、スタッフさんに見えるように持ち上げる。まだ基準ラインの半分にいくかいかないかくらいだったが「あ、もう大丈夫です~」となんとかOKがでた。心からホッとした。
そんな感じで生まれてはじめてのPCR検査を終え、結果は明日か遅くても明後日の午前中に電話連絡しますと言われクリニックを出た。

帰り道、せっかく外出したんだから、今日のお昼は美味しいモノ買って帰ろう♪ と思っていたのだが思っていた以上に疲労困憊だった。薬局に寄り処方された薬をもらうのが精いっぱい。仕方なく家まで帰って近くのコンビニでパスタを買う。好きで時々食べていたそのパスタは、なぜかあまり美味しく感じられなかった。

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