本作りについてのあれこれ
この度ナツメ社よりお灸と養生の本『毎日のお灸と養生』を出版して頂く運びとなりました。「お灸と養生」は身近なお悩みを改善する有効な手段のひとつです。患者さんの変化を通して日々効果を実感をしています。とは言うものの、特にお灸などはむずかしく感じるでしょうし、試してみたけどうまくいかなかったという声が多いのも事実です。そのような課題を踏まえて、できるかぎり実用的でやさしい本というのを作ってみました。
個人的には鍼灸大学や勉強会で恩師や諸先輩方から学び、「お灸堂」の屋号で開業して、お灸と養生をテーマにTwitterで活動したここ数年の集大成でもあります。皆様が日々を健やかに過ごすための、何かしらお役に立てたら幸いです。
①出版の経緯や本を作るにあたって考えたこと
②上記の踏まえた本のおススメポイント
③現代人にとってのお灸と養生の価値
本記事では企画の舞台裏などを語りつつ、本書のご紹介をいたします。
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①出版の経緯や本を作るにあたって考えたこと
この企画のあらまし
2021年の6月にナツメ社の編集者さんから、「お灸と養生」をテーマにした書籍の執筆、監修についてお声かけを頂きました。お灸や養生についてをつぶやいている私のTwitterアカウントを見ていただいたそうです。これは普段の施術時でもひしひしと感じることですが、コロナ化になり、養生やセルフケアに対する関心は随分と高まっています。「健康でいなくちゃいけない…でもそれって一体どうすればいいの?」といった具合です。
思い返せば2020年の4月、はじめての緊急事態宣言が発令された頃。ほどほどに埋まっていた院の予約は真っ白になり、自宅待機の日々がはじまりました。「人に会えなかったらなんにもできないや」と少し落ち込みもしましたが「いやいや鍼を刺してお灸を据えるだけが鍼灸師の仕事じゃないでしょう」と気を取り直し、誰に頼まれた訳でもなく日夜Twitterで体の養い方をつぶやき続けていました。そんな取り組みから1年と少し、こうして意外な形でご縁がつながりました。
余談ですが私の仕事は鍼灸師で「はり師」「灸師」の国家資格を持っていて、日常の業務では人の体に鍼を刺したり灸を据えたりということをしています。しかし、それだけではなくて上記のように東洋医学的な健康観やそれに即した「体を大事にする作法」をお伝えすることも我々の仕事のひとつで、これを「養生(ようじょう)」と呼びます。
前著のご紹介
諸々のタイミングが重なってありがたいことに昨年は2冊の養生本を執筆させて頂きました。簡単にご紹介など。
『ゆるませ養生』(大和書房)
1冊目の本。普段の施術時に、患者さんにお伝えしていることを、そのままギュギュっと詰め込んだシンプル養生本。意識を「頑張る」から「養う」に変えることで、普段の日常が養生になるよね。みたいな本です。サラサラ読めます。
『ほどよい養生』(学研プラス)
「ゆるませ養生」とは趣向を変えて、ハウツーをギュギュっと詰め込んだ本。Twitterでつぶやいている養生のまとめみたいな本です。イラストも担当をしています。これは意外だったんですけど「文字が大きいのが嬉しいです」という反響が多かったんですよ。大きくて怒られんないかな?と心配していたのでほんと良かった。パラパラ読めます。
「やさしく」が私の仕事
そして、今回の「お灸と養生」です。前述しましたが、私はお灸を専門の鍼灸院を営んでいます。「お灸」をテーマにした本に関わることができるのは灸師冥利に尽きるという感じなんですが、世の中にはすでに先輩方が書いたたくさんのお灸の本がありますので「どんなお灸の本を作るか?」というのは悩みどころ。
うちの院では患者さんにご自宅でお灸を据えてもらうことがあって、その時に今までのお灸の経験をお尋ねします。全く初めてという人が半分くらいいる一方で、「お灸をやってみたけどよくわからなかった」みたいな声がかなりあって、個人的にはこのあたりをもう少しケアしていきたいところです。
原因は色々あると思うんですけど、端的にいうとお灸が今の人にとって「むずかしく」なってしまったんだろうなと思います。そんなわけで今回は「やさしいお灸の本」というテーマで諸々に取り組んでいくことにしました。「やさしい」は「易しい」と「優しい」の2つです。
易しい(わかりやすくお伝えする)
ひと昔前に比べると私たちの身の回りの商品やサービスは各段に親切で便利になりました。家電を買った時、新しいゲームをはじめた時、説明書を開かずともほぼ流れにまかせて触っていれば大抵のことはできるようになっています(そもそも説明書がないものも多い)。様々な競争に晒されるサービスや商品というのはその度に便利でわかりやすくという工夫をすることを余儀なくなれ、それによって私たちはどんどんストレスなく生活できるようになっているのでしょう。
そういえば数年前、ゲームを作る仕事をしている人と食事をした時に、「たとえばテレビのリモコンひとつとっても、もっと改善の余地があるはずなんです」という話をされていて目から鱗が落ちた経験があります。(そのあたりの話については『「ついやってしまう」体験のつくりかた 人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ』がとてもユニークでした)
良くも悪くも古いまま今に残ってしまった物事は「易しい」現代のそれと比較してどうしても「わかりにくい」ものになっている場合が多々あり、お灸もおそらくその部類に入るだろうと考えています。
目で見て感じられる情報というはかなり多くお灸でいえば手順などもさることながら、「どんなん時に?」「どれぐらいの熱さで?」「どのように感じる?」「どうなるのが正解なの?」みたいな話は一見すれば無意識に知ることができる情報ですが、言葉にするのはまどろっこしい。そういった部分を一から「易しく」積み上げていかないとですね。
優しい(相手にあわせてタイミングや言葉を選ぶ)
もうひとつ忘れちゃいけないのが「優しさ」ですね。医療や健康の分野では証拠や正しさというのは勿論大切です。その一方で、「ただ正しいことを伝えればよいか」というとそれはまた別の話です。(もちろん不確定なことやウソをついてもいいという話ではなく)
たとえば「健康のために運動、睡眠、栄養、が大切ですよ」というのはド正論ですが、仮にそう言われて素直に実践できる人はほぼいないでしょうし、ほとんどの人は「言われなくてもわかってんだよ」とむしろ気分を悪くなるのはずです(私もそうなる)。
施術中であれば、こちらが一方的に指示をするだけでもなんとかなりますが、お灸や養生はご本人に自律して行ってもらう必要があります。そういった意味で、その人のタイミングや事情などを踏まえてある程度柔軟な対応や声かけをしなければいけません。
相手が受け入れられる情報を適切な量、タイミング、表現でわたすこと。態度や言葉遣いが優しいとかは勿論のこと、それより一回り大きいスケールの「優しさ」が必要なのだなと思います。こういうのは現場の人間の方が相手が身近な分、知恵や想像力も働きやすいところなはず。
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②本のおススメポイント
まずは変化に目をむけること
以上を踏まえてこの本の構成は以下のようになっています。
PART1:はじめてのお灸と養生
PART2:ゆるめるお灸と養生
PART3:不調をゆるめるお灸と養生
PART4:季節のお灸と養生
まずPART1で基本的なお灸と養生についての説明があり、それ以降で実践的な内容に入ります。特に本書で苦心したのはPART2の「ゆるめるお灸と養生」の部分。編集を担当してくれた毬藻舎の友成さんと頭をひねりました。
お灸やツボの本では①お悩みの説明②お灸を据える場所③刺激方法という定番の型があります。これ自体はシンプルでわかりやすいんですけど、シンプルすぎて実践すると「?」が出てきやすいという問題もあります。
手当てや体の感覚みたいなものはけっこう忘れてしまいがちです。そのあたりの課題を「ゆるめる」という感覚に集中することで解決しようと試みました。お灸と養生の階段をひとつひとつ登って頂きたいというねらいがあります。小さいけれど確実な変化を感じとってもらいたいです。
シンプルにしつつ、無駄をそがない
技術というのは究めれば究めるほど、ものすごくシンプルな表現になっていくようです。たとえばツボの取り方にしても熟練した人に話を聴くと「手が止まることろがツボですよ」と言われたります。力を抜いてくぼみをとらえるコツを端的に言うとこのような表現になりますが、突然言われたらきっと「???」という感じになるはず。
このあたりの説明というのは言葉だけでは少々困難ですが、自分自身先輩方から指導していただいたことを思い返してみると、様々な比喩やエピソードを交えながら、少しずつ身に着けていったことのように思います。
「シンプルにわかりやすく」というのは文章を書く上で大変重要な要素ですが、あまりそぎ落としすぎるとよくわからないものになりがちです。そのあたりの一見すると無駄になりそうな部分も散りばめています。実用書ですがエッセーみのある感じ。(昭和に活躍された灸名人、深谷伊三郎氏の著書『お灸で病気を治した話』も施術のストーリーを交えた大変読みごたえのある本で私の愛読書です。)
イラストがかわいいです
本書の挿絵はイラストレーターの深川優さんに描いていただきました。これはもう本当にかわいいので見てください。お灸を据えているかわいいイラストがたくさんあるというだけでもこの本の価値になると思っています。
表紙はお灸を据える女性になっているんですけど、表紙を開くとお灸を据えて羽根が生えている女性のイラストが出てきます。実はどちらも表紙の候補になっていたデザインです。ちょうどお灸を据えて体がゆるんで軽くなっているようなイメージになっています。この本の隠れたポイント。どちらもかわいいです。
「さすがにまだお灸はいいかなぁ」とか「本読むのはめんどう」という人は本屋さんで見かけたらぜひイラストだけでも見てください。ゆるみます。
見えないところが大事
ちなみに本書の制作は東京のナツメ社の編集さんに音頭をとっていただきつつ、私を含む京都の編集デザイン撮影チーム+イラストレーターさん。という布陣で行いました。
偉そうに「私が書きました」とか言っていますが、数万字のボリュームやスケジュールは完全に頭のキャパを越えていて、編集さんをはじめとする様々なサポートの上に成り立っているのです。
養生と同じです。外から派手に動いている物事より、その後ろで支えてくれる目に見えない働きがすごく重要で、むしろそちらが肝腎なのです。陰主陽従ですね。
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③現代人にとってのお灸と養生の価値
素朴なもので体を養う
現代の技術の進歩というのはすばらしくて、健康についても様々な情報が簡単に得られるようになりました。スマートウォッチやリングを付けていれば運動量や、睡眠の質なども計測することができますし。もう一歩進んでスマートトイレみたいなものが実用化されると、さらに細かい体調の管理が可能になりそうです。
新しい物好きなので、私も手の届く範囲で便利な物は活用しています。こういった便利なデバイスと比べるとお灸や養生というのは、素朴すぎる気がしてきます。
でも便利なデバイスは体の状態を教えてくれるけど、そこから先の対応は私たちの手にゆだねられています。結局のところ人間は動いたり、食べたり、寝たり、温めたりという素朴な行為をなくして生きていくことはできないし、手当てというのはそういうもので、それはこれから先も変わらないはずです。
技術の進歩とは別の問題として素朴(アナログ)で良いものは、これからも伝え続ける必要がある。これは他の分野でも言えることだと思います。時代のスピードからこぼれ落ちて「無意味」「無用」だと捨てられてしまっていた様々なことの中に実は健やか生きていくためのヒントが溢れているはずです。
もうひとつの価値感から“生きやすさ”を考える
お灸や養生の根本には「東洋医学」という価値感がベースにあります。詳しくは本書の中で触れていますが、「陰陽」という物事を関係性を捉える理論や、「天人感応」という人と自然は関係しあっていると考える理論など。大変にユニークです。
生活をしていると「窮屈さ」や「行き詰まり」を感じることってよくありますよね。「大きく、早く、強くなりなさい。」「もっと頑張りなさい」誰に言われたわけでもないのに、そんなメッセージを受け取っているみたいです(それが悪いわけではなくて、合う人もいるはずですが)。
以前SNSで生きていくのに役に立たない…みたいな文脈で、受験勉強の古典などは軽んじられているような投稿を読んだことがあります。しかし現代の常識から距離をおいた価値感というのは“生きやすさ”を考えるためにも尊いはずで、現に私はそのおかげで行き詰っていたところから息を吹き返しました。私にとって東洋医学とか養生とはそういうものです。
そういえば私が鍼灸師を志したきっかけも、人様に鍼を刺したり、灸を据えたりする人になりたかったわけではなくて「別のものの見方ができる人間になりたかった」からなんですよね。原点を大事にしていきたいです。
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おわりに
最後まで読んで頂いてありがとうございます。なにはともあれ「お灸と養生」はここ10年ほど私が取り組んできたテーマでこのような形になって本当にありがたいです。3月17日頃から全国の書店でも順次取り扱いが始まります。
近頃は疫病に争いに災害にと本当にややこしい、大変な世の中になりました。正直言うとわたしもげんなりしています。そんな苦境に負けず様々な最前線でふんばっていらっしゃる皆様に感謝をいたします。
生きていると本当に色々と大変なことが降りかかってきますが、そういった困難に対して私たちがまずできることは自分自身の心や体を大事にして機嫌の良い状態を保っておくことだろうと思います。
何はなくとも健康であればそれが一番ですが、お灸と養生が何かしらのヒントになりましたら嬉しい限りです。
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お灸とデザインの人。お灸治療院のお灸堂、お灸と養生のブランドSUERUの代表をしています。みのたけにあった養生ってどうすりゃいいの?という課題に向き合う毎日です。