愛しき落とし物
小学4年生の時、「落とし物係」なる係をやっていた。黒板消し係・生き物係・号令係などから比べると聞きなじみがあまりないだろう。何をする係か。簡単に言えば教室にある落とし物を拾い、「落とし物入れ」に入れておくというものだ。「簡単に言えば」と前置きするほどのこともない、そもそも簡単な係なのだ。
落とし物を落とし主に届けるでもなく、落とし物を取りに来た人が本当の持ち主かどうかを検討することもない、ただ拾い、置いておくというそれだけなのだ。実に簡単、実に楽な係である。なぜそんな係が存在するのか今となっては全くの謎であるが、私はそれ以来「落とし物」というものに興味が湧くようになった。
隣の席の子が消しゴムを落とせば瞬時に拾い上げ渡し、誰かが鉛筆を落とす音がすればそちらを素早く見て拾い上げる様を確認、行き来の通学路ではいつも何か落ちていないかと目を皿のようにしながら歩いた。小学校を卒業し、時が流れても、その癖は若干ながら残った。
私は就職活動を控えた大学3年になった。大学3年ともなると授業も少なく、リモート授業も多かったため時間が余っていた。その時間をどうにか使おうと長距離の散歩をするという趣味を持つようになった。要は暇だったのである。
いつものごとく散歩に出かけたある日のこと。家を出て数百メートルほど歩いたとき、地面に何か落ちているのを見つけた。「落とし物捜し癖」を遺憾なく発揮したのだ。その落とし物は財布であった。急いでいたらそっと近くのガードレールの上にでもおいてさっさと離れるところだが、私は暇を持て余していた。なにより落とし物係としての血が騒いだ。
「落とし物入れに入れなければ...!」
落とし物入れなどないことは言うまでもないが、久々に血が騒ぎ興奮状態にあった私は数秒間混乱に陥り、何をすべきかしばらく考えることとなった。財布の中を確認して身分証から本人に連絡すべきか?いや大きめの財布な訳だし気づかない訳がない、ということは近くに探している人がいるのではないか?いやいやここはやはり落とし物入れを探すか?
何度も言うが私は混乱していた。家に籠もる日々が続いていた中ふいに現れた刺激に動転していた。目と鼻の先にある警察署が目に入らないくらいに。
たっぷり5分ほど熟考した後、警察署に気づき、あそっか、届ければいいんじゃん、てへっ、とかわいこぶりながら警察署に駆けていった。
悪いことした訳でもないのに緊張感を持ちながら警察署に入り、受け付けに落とし物を届けた。いくつかの権利等の説明や書類の記入があり「プロの落とし物係だなぁ」なんて考えていると、担当の警察官が「あぁキミ、大学生?就活とかどうなの?」と、世間話が始まった。「ボチボチです」などとフワッと返答していると意外な質問が飛んできた。
「キミ、警察官にならないか?」
とっさに頭に浮かんだのは「え。こんな感じなの?」だった。なんかもっとこう、厳格な感じで進んでくんじゃないの?こんなキャッチみたいな感じなの?
「え…いやでも身長低いですし…。」
わけも わからず じぶんを こうげきした!
「ハハハ!関係無いよ、だいじょぶだいじょぶ!まあもしよければ資料をこの住所に送らせてよ」
「はぁ…。」
結局、警官になることはなかったが、落とし物係経験者の天職は警官であり、勧誘で警官を目指すということもあるのか、ということが分かった一件だった。
さて、この数ヶ月後、私はとあるテーマパークで財布を失くすのだが、全国に散らばった落とし物係の末裔によってか、なんとか窮地を免れたのだった。そんな末裔たちにはぜひ私の地元の警察署で立候補していただきたい。
まさに捨てる神あれば拾う神あり。
今回は、この辺で。