マルタン・マルジェラとキコ・コスタディノフ
noteでマルタンマルジェラについて書かれたエントリーだとコレ
キコ・コスタディノフについてはこの辺りが面白かった。
0001 キコ・コスタディノフ:アイトア・スループとアクロニウムの系譜 1
モード厨という非本質な人たちは既知外なフレッシュさしか消費出来ない。キコ・コスタディノフに新しさは感じない、既にあったものを今風にパッケージングし直したものだと思う。
まずマルタン・マルジェラがあり、その次にフセイン・チャラヤン、そして更にその次あたりにフランク・リーダーがある感じで。
フランクリーダーも10年以上やってると新味が薄れてきたので今風にパッケージングし直したのがキコ・コスタディノフ。そういうニーズを見込んで推されてるデザイナーでは。
マルタンマルジェラのドキュメンタリー映画『We Margiela」については、リアルタイムで経験してない若い層は(刹那的に消費され忘れ去られるモードファッションの宿命として)後からマルジェラについて調べることは難しいので、とりあえず観とけばいいのでは。「ああこういう感じか」ぐらいな。
ポスト・マルジェラ(ファッションの前衛をマルジェラからより更新するデザイナー)が20年くらい出てこないのは、ギリ現実で実現出来たのがマルジェラの前衛までで、しかもそれは10年ぐらいの期間までだった。そこまでがコマーシャルで可能な限界で。
おそらくコムデギャルソンの前衛までが世の中の許容できる範疇。だからポストマルジェラは出てこない。以後出てくるのはコムデギャルソンの横滑りなバリエーションの新しいブランドどまりで。
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