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アフリカで感じた「幸せを掴む力」

2019年の年末から約1ヶ月、仕事を休んで一人でアフリカへ旅立った。
この時、自分の中で大きな目的が2つあった。1つは、子ども兵が現実どのような状態なのかの情報収集。2つ目は、チャリティーサンタの海外支部の可能性について現地で調査すること。
(※チャリティーサンタとは、主に国内で貧困問題に取り組むNPO団体です)

これらの目的からも分かる通り、この時の自分の頭の中では、
"アフリカ=貧困、紛争"
というイメージがほとんどを占めていた。アフリカには「問題」が多数存在し、それらを解決するサポートができたらいいな。そんな気持ちでいた。

渡航先は東アフリカ地域のルワンダ 、ウガンダ、ケニア。渡航先の決め手となった理由は2つあった。
初めは上海・ドバイを経由してルワンダまで飛行機で飛び、その後陸路でウガンダ→ケニアと周り、最後はケニアからアフリカを飛び立つルート。

日本で調べても情報が少なかったため、現地に行ってから情報収集した方が早いとふんで、初めはルワンダ にある日本人が経営するゲストハウスに泊まり、情報収集をすることにした。

そこでは、貧困問題への取り組みの一つとして、近くに住む低所得層のシングルマザーの方たちをスタッフとして雇用していた。そのため、低所得層の人々との繋がりがあった。低所得層の人々の生活に興味があった僕は、スラム街の人々の生活にお邪魔させてもらうことにした。

スラムにお邪魔させてもらって1番印象的だったのは、そこに住む人々の弾けるような笑顔だった。子どもたちに至っては、どこかで拾ったゴミを組み合わせて自分なりのおもちゃを作って遊んでいた。おもちゃなんてなくても平気といった具合に。

後日、ケニアのキベラスラムをはじめ、他のスラム街にもお邪魔させてもらったが、どこも同じように人々の眩しい笑顔が印象的だった。

スラムの人=貧困と思っていた僕にとって、これらの光景は衝撃だった。
貧困とは、「貧」しくて、「困」りきっていること。だとしたら、彼らは貧困なのだろうか。彼らは統計上では「貧困」と部類されるのだろうけど、僕の目には貧困ではなくて、ただ「貧乏」なだけに見えた。

ところで、世界の幸福ランキングで、アフリカの国が上位に入ることはあまりない。幸福度ランキングで見れば、北欧の国々が上位に入ることが多い。僕は北欧にも渡航したことがあるのだが、その時に感じた幸福感と、アフリカの人々から感じたそれは違ったもののように感じた。

北欧では、幸せになりやすい制度が整っている。福祉などが充実し、社会の仕組みとしてセーフティネットが整っている。つまり、外的な面で幸せになりやすい環境が整えられている。一方のアフリカでは、そのような制度はほとんど整っていない。しかし、彼らにはそのような環境の中でも幸せであることができるという力があるように感じた。どのような環境であっても幸せである力、自ら幸せを掴み取る力があるように感じた。側からみたら不幸な環境に思えるような状況でも、その中にも実は存在している「幸せ」に気づくことができるようだ。

日本を含め、先進国と言われる多くの国ではあらゆる娯楽が発展した。娯楽は幸せをもたらせてくれるものかもしれない。しかし、娯楽が発展すればするほど、幸せを掴み取る力が弱まっているような気がする。幸せが、自ら気づいて掴み取っていくものから、どこかから与えられるものに近づいている。だからこそ、アフリカの人々から学ぶものがあると思う。人間が本来持っている、幸せである力。彼らの生き方、文化にはそのヒントが潜んでいる。

アフリカは貧困でかわいそうな国と見るのではなく、そのような環境の中でも幸せに生きる力も併せ持った国と見て、彼らからその生き方を学ぶ。そんな関わり方そのものが「アフリカ的な幸福=ア福リカ」なのだ。

https://afukurica.wixsite.com/website

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