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ショートショート 俺は掃除屋

 俺は掃除屋だ。日本中を旅してその街の粗大ゴミを掃除して廻ってるんだ。俺たった一人さ。粗大ゴミの掃除なんて一人でできるのかって?できるよ。頭を使えばね。

まあもちろん重いから相棒が居てくれたら助かるが、一人が気楽だ。それに大事な仕事なんだ。
任務遂行のためには、全部自分でやるしかない。


この街に来て、今日で三日が経った。

地方の小さな町で、ここへ来る前に少し滞在した町によく似たのんびりしたいい町だ。

 こんな場所で仕事をするのが好きなんだ。もちろん都会や繁華街で仕事するのも好きだけどね。
だけどひと所には長居しない主義だ。仕事はどこにだって溢れ返っているからな。ゴミ処理のために街から街へってわけ。

 荷解きや下見のために部屋にこもっていたが、そろそろ外に出てみよう。
仕事に取りかかる前に実際に歩いて見なくちゃ。コンビニの弁当にも飽き飽きだ。
今日は近所にあるらしい商店街に行ってみようか。俺は商店街が好きだから楽しみだ。なにか旨いものがあればいいんだが。

 ホテルを出てスマホを片手に歩いて行くと、なるほど、「駅前にこにこ商店街」という看板のついたアーケードが見えた。平日の昼間ではあるものの、客足はまばらだ。シャッターが閉まっている店もチラホラある。東京の下町の有名な商店街なんかを想像していると肩透かしをくらってしまう。
あれは、ほとんど観光地だもんな。まぁ、こんなもんか。

 そう思いながら歩いていくと、惣菜のいい匂いとのぼりが見えた。揚げ物の匂いといい、店構えといい、なかなか良さそうだ。
吸い寄せられるようにおかずのショーケースの前に立つ。筑前煮やコロッケ、マカロニサラダ。どれも美味そうだ。期待が高鳴る。

「お兄さん、いらっしゃい。なんにする?」

 顔を上げると、大福みたいなおばさんがいた。
女将さんだろう、出来たてらしい肉団子のバットをショーケースに並べながらにこにこ話しかけてくれた。

「えっと、この肉団子と、コロッケとマカロニサラダ、それから・・・。」
視界の右端に、大きなアジフライが映った。これだ、これしかない。
「あとアジフラ・・・」と言いかけたその時、ギョッとした。

 女が立っていた。小さな店の、小さな軒先の、そのすみっこに老婆が立っていた。
腕を組み、壁にもたれるように立っているその女は、こちらを凝視していた。まったく気が付かなかった。いつから居たんだ?あとから来たのか?わからない。
とにかく、惣菜屋の店先に、年齢は七十に近そうな女が、急に生えた。

 女は、いや、ババアは、ギスギスにやせ細り、皮膚はなんだか浅黒く、顔は酷くくすんでいる。そこに厚く古臭い化粧がのっている。
髪は厚揚げみたいな茶色で、ツヤはなくパサついている。
頭には黄色いニット帽、ショッキングピンクのタンクトップに白いショートパンツに磁気ネックレスという、かなりチグハグな組み合わせだった。パンツからシワッシワの足が伸びている。暑いのか寒いのかわからない。若く見せたいけど寄る年波には勝てないのか・・・。わからない。

 予期せぬ場所に人間が立っていた驚きと、アンバランスな出で立ちに面食らって言葉はおろか、会釈もできなかった。体が固まってしまったのだ。
ババアは相変わらず俺を見つめている。見定めるような目だ。目的は解らないが、とにかく俺を見抜こうとしている。こんな、ただの、フツーの男をだ。

加齢のためか、まぶたが下がり、目元ははっきりしないが、歓迎されていないことはわかる。
なぜだ。たしかに俺はよそ者だ。だけど、旅の途中にここへ立ち寄っただけの男だ。なぜ俺をそんなに見るんだ。

金縛りに遭ったように体が動かない。・・・そうか、このババアは幽霊なのか。どうりで恨めしそうにこっちを見ているわけだ。この恨みがましい表情は地縛霊だな。間違いない。
どうか成仏してください。南無・・・。

「お兄さん、あとはなぁに?」

女将さんの声に、金縛りはふっとほどけた。
優しい声のする方に顔を戻す。

「あとはなんにする?」

女将さんはにこにこして俺に再度聞いてくれたので、揚々とアジフライを頼んだ。
「はぁい、アジフライね。」

 しかし女将さん、このババアの亡霊が見えていないのか?と思っていると酒焼けしているのに妙に高い声が聞こえた。ババアが口を開いたのだ。

「アンタ、この辺のモンじゃないだろ。」

・・・なんだ?なんなんだ?それが初対面の人間に対する態度か?もう死んでるからって許されないぞ。

 はっと女将さんを見ると、俺に向かって「あらそうね。お兄さん、どっから遊びにきたの?大学生?」と聞いてきた。
よかった。ババアはこの世の人ならざる者ではなかった。

 よくよく考えればこんな俗っぽい幽霊なんているわけがない。古いかもしれないが、幽霊といったら白装束か白いワンピースの女が相場だし、どっちも若い女だ。
こんな場末も場末のスナックの客みたいなババアじゃない。
息を吸って、答える。

「いいえ、社会人です。こちらには仕事で。」

「まぁ、ごめんなさいね。若々しいから学生さんかと思ったわ。」
若く見られるのは嬉しい。三十過ぎた身で、学生に見られるのは少々複雑だが。
「アタシには若いってより貫禄がない様に見えるけどねぇ。アンタ、三十は過ぎてるだろう。」
 このクソババア、覚えてろよ・・・。
「赤岩さん、今どきの人は年齢以上に若いわよ。オシャレだものみんな。ねぇ?」
女将さん、ナイスフォローだ。

ババア、お前は赤岩と言うのか。だがババアで充分だ。

ババアは俺にイチャモンを付けたあとは最近の若い奴にもブツブツ言い出した。

「近頃のモンは頼りなくて情けないね。ヘラヘラしててさ。何にも言わないんだ。しゃべったかと思ったらミョーにずうずうしくてさ。何考えてるんだかねェ。どうかしてるよ。」

まあそういう奴もいるけど、このババアは主張が極端すぎる。老害だな。
「自分たちこそが主役、みたいな時は私たちもあったじゃない。我が物顔でさ、街歩いてた。みんなそうよね。」

女将さんは懐かしむようにつぶやいた。

「まったく奥さんは甘いんだから。そんなんじゃ今にだまされるよ。」

あきれたようにババアはそっぽを向いた。

「惣菜屋のおばちゃんだます人なんていないよぉ。」

ケラケラ笑ってクセ強めの客を嫌味なくあしらう女将さん。みんな、こういう人に救われてきたのだ。

 ババアよ、彼女みたいな人がいるからお前みたいなもんでも心の均衡を崩さずに居られるんだぞ。服装の均衡は崩れているけどな。

俺が心の中で悪態をついていると、ババアは思い出したかのように、女将さんに惣菜を注文しはじめた。

テキパキと俺の品物とババアの品物を用意しはじめる女将さんを見つめながら待っていると、「どうかしてると言えば、あのチャリンコジジイ。早く捕まんないかねェ。」
とババアが苦々しくつぶやいた。

「あぁ、あの人ね・・・。困ったわよね・・・。」
さっきまで笑っていた女将さんの表情も曇った。

「でも、逮捕されたってすぐ出てくるだろうから、どっか誰もいないところででもくたばりゃいんだよ。まったく迷惑なモンだよ。」
思わずババアを見る俺を、奴はしっかり見すえて言った。

「アンタ、見なかったかい?駅の広場の、メーワクなジジイ。」

 駅前の広場の迷惑なジジイ、それならたしかに俺も見た。
駅から降りると、焼酎のペットボトルを持って自転車でグルグル回っているジジイだ。ペットボトルの中には液体が入っている。
ババアの話だと、そのジジイはボトルの中身を飲みながら罵詈雑言をわめき散らし、自転車でグルグルまわっているらしい。
 酒を飲みながら自転車を!?驚いたが、中身は酒ではなく、サイダーらしい。つまり、わざわざペットボトルのサイダーを空の焼酎のペットボトルに移し替えて飲んでいるのだという。ご、ご苦労様・・・。

 通報により駆けつけた警官にチェックされるが、その度に中身は正真正銘ただの甘いジュースらしく、注意することしかできないらしい。
 罵詈雑言についても微妙なところで、誰かの誹謗中傷などではなく、バカヤローだとかうっすら卑猥な言葉などで、決定的なことは言わないらしく、しかも声もそれほど大きくなく、ジュースを飲みながらブツブツ言って自転車に乗っているだけだから注意しかできないと・・・。どこに出しても恥ずかしい立派な老害じゃないか。

なんて野郎だ。小賢しいというか、確信犯というか、ギリギリのところを狙っている。根性が悪い上に悪知恵もはたらくなんて。
神よ、なんでそんな男に健康な体を与えたんだ。だったら健康な精神も与えてやってくれよ。ちゃんと仕事してくれなきゃ困るじゃないか。

あんまりな話に、言葉を失った俺をババアは一瞥して

「ホント、ろくな死に方しないだろうよ!バチが当たりゃいいんだ!アンタもそう思うだろ?」と吐き捨てた。
初めてババアと意見が合って嬉しいやら情けないやら。

とはいえババアの言うとおりだ。ろくな死に方はしない。

今はまだ調子に乗ったおちょくりジジイだが、いつ取り返しのつかないことになってもおかしくない。罪もない人たち、特に子供たちが犠牲になるのはごめんだ。

 ババアはまだ何かしゃべっている。ジジイはどうやら商店街近くの神社のそばの一軒家に住んでいるらしい。

ババアは俺の注文したマカロニサラダに、「サラダなんていうけどマヨネーズ和えなんだからね。本当のサラダも食べなくちゃならないよ。アンタ太ってるんだからさ。そうだ、アタシんちの野菜あげるから持って行きなよ。近いんだ。」とかなんとか言い出したからますます閉口した。

ババア、おまえがガリガリなだけで俺は普通だ!

・・・普通だと思うけど・・・。

タイミングよく、女将さんが惣菜のつまった袋を渡してくれた。予想より重く、中を見たら注文していないおひたしと浅漬けが入っていた。
「半端に余っちゃったの。よかったら食べてちょうだい。お仕事なのよね。若い人はたくさん食べて頑張ってね。」

にこっと笑う女将さんの色々な気遣いに胸がいっぱいになった。ありがとうございます、とお礼を述べてババア、いや赤岩さんにも会釈をして店を出た。

この街で処分するゴミが決まった。公共の場所で迷惑をかけるジジイだ。
いや、本当は見た瞬間から決まっていた。
ペットボトルの焼酎を飲みながら自転車に乗るキテレツなゴミだ。入っていたのはジュースだったけど。

ホテルの部屋で惣菜を食べながら、今夜の仕事について計画を練る。
ふざけたジジイにふさわしい掃除の仕方を考えなければ。
女将さんの惣菜はどれもとても美味しくて、ジジイのことを考えながら食べるなんて申し訳なかったが、腹が減っては何とやらだ。俺の仕事はとにかく集中力が大事なんだ。

あぁ。その前に、赤岩さん。

情報提供してくれたお礼をしに行かなくちゃ。
商店街の裏のアパートの二階に住んでると言っていた。
古いけど角部屋だから陽当たりがよく気に入っていると。
見ず知らずの人間に、自分のことをよくあんなにしゃべれるよな。おかげで迷わず行けるけどさ。

今夜のゴミ掃除は二件だ。

夜が明ける前に、この街を出なければならない。
あの惣菜と女将さんは残念だが、俺の仕事は元来そういうものだ。
長居はできない。

さあ、仕事に行かなくちゃ。





 掃除、と称して自分の気に入らない人たちの命を奪っていく男が主人公のお話でした。
この話は正義感から簡単に殺人を犯す主人公を書きたくて書きました。
町の衛生を保つように、平和を保つための殺人を掃除と言ってのける主人公を何となくひらめいて、あとは書きながら考えました。

 その結果、女将さんの心遣いを嬉しく思ったり、心の通った会話はできるのに、ちょっとウザいだけのおばさんに殺意を抱いた末に殺したり、実際に迷惑をかけられたわけでもないジジイをいとも簡単に殺すアンバランスな主人公となりました。
(便宜上ババア、ジジイと書きます。)

 トンデモジジイの被害者を出したくないという正義感は誰しも持っていて当たり前だけど、その大義名分のもとにジジイを殺すという短絡的かつ独善的で、どんな理由があっても人を殺してはならないという倫理観が欠落しています。
(町の権力者に怒られればすぐ辞めそうなジジイなのに)

この話には悪人は一人を除いて出てきません。ババアは口が悪いだけのおせっかいおばさんだし、ジジイはなかなかキテレツではあるものの、なんだか小物感が漂います。主人公にはそれがわかりません。


ババアのことをさんざんアンバランスと言っておきながら、その実自分が一番チグハグだったというお話です。

ややシリアスなラストとの落差を生みたくて、お店で美味しそうなおかずを選ぶところ、ババア地縛霊疑惑、ババアへの心の中での悪態のシーンなどはちょっとコミカルに書きました。

普通の若い男に見える普通じゃない男を味わってみてください。


最後までお読みいただきありがとうございました。


峰 筋子



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