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死屍累々!? 中小企業向けSaaSの事業開発ポイント #SaaSLovers DAY14

#SaaSLovers の14日目担当の株式会社スーツ 代表取締役社長CEOの小松裕介です。13日目は、株式会社Ansatzの古賀裕人さんによる「SaaSを導入するの、難しいけどありがたいね、という話。 #SaaSLovers Day13」でした。私も今までの社会人経験の中でSaaSの導入をたくさんの会社でしてまいりましたので、とても共感の多い内容でした。

株式会社スーツは元々は2014年12月創業の中小・中堅企業やスタートアップ向けの経営コンサルティング企業でしたが、ユニコーン・デカコーン企業を目指して、2022年12月に新設分割して、現在は”スタートアップ”の株式会社スーツとして、中小企業向けのチームのタスク管理ツール「スーツアップ」の開発・運営をしています。

今回、SaaSLovers 企画者の小松昇平さんからお誘いいただいてSaaSビジネスについて語る本企画に参加させていただきましたが、私は約20年の企業経営のキャリアの中で上場企業の代表取締役社長、伊豆シャボテン動物公園グループやYouTuberプロダクション「VAZ」の企業再生などのトラックレコードはあるものの、SaaSビジネスのプロフェッショナルではありません。

そこで、本稿では、ベテラン経営者・大人スタートアップ起業家の観点から、今まさに私も現在進行形で事業開発をしている「中小企業向けSaaSの事業開発のポイント」について記載をさせていただきたいと考えています。

少しでもSaaSビジネスが大好きな皆様や後輩起業家の皆様のお役に立てればと考えております。改めて、今回このような貴重な機会をいただいたことに感謝申し上げます。

SaaS Lovers

1.はじめに

中小企業向けSaaSは死屍累々だからやらない方がいい。」

2025年時点において、これは日本のスタートアップ業界の共通認識になりつつあると言っても過言ではないと思います。SaaSはエンタープライズ(大企業)向けビジネスというのが、当たり前の認識なのです。

大企業であれば、システム投資の予算も潤沢にありますし、社員のITリテラシーも高いです。そして、この四半世紀で数多くの試行錯誤をしてきた結果、システム開発もそうですが、システム導入・運用について社内に経験・ノウハウを貯めてきており、SaaSの導入などデジタル・トランスフォーメーション(DX)そのものに抵抗感がないのです。

そのため、SaaS提供企業としては、営業効率の観点からも、大企業を顧客ターゲットにした方が望ましいと言えます。SaaSの導入に至る営業活動やリードタイムは、大企業と中小企業を比較しても、そう大きく変わるものではありません。同じ営業活動と時間を要するならば、社員数が多く、ユーザー数が増えていく可能性がある大企業を顧客にした方がよいことは言うまでもありません。また、オンボーディングをはじめ、カスタマーサクセスの観点からも、大企業ならば、多くのカスタマーサポートを必要とせずとも、自社で対応できるITリテラシーとケイパビリティ(組織的な実行力)を有しています。

この10年でSaaSビジネスの発展と興隆は目覚ましいものがありましたが、AIの台頭、市場の飽和やLTV幻想など「SaaS is Dead」とSaaSビジネスそのものすら否定する識者が現れるようになるなど、現在、SaaSビジネスには強い逆風が吹いています。そのため、一時期のSaaSバブルと呼べるような状況から一転して、過去に巨額のエクイティ・ファイナンスをしたSaaSスタートアップには、バブル時のハイ・バリュエーションの評価額に苦しむ会社も多くあります。

このような状況下に、中小企業向けチームのタスク管理ツール「スーツアップ」を提供するスーツ社は、2024年6月にシード・ファイナンスとして、ベンチャーキャピタルのmint、グリーベンチャーズ2号投資事業有限責任組合及びSMBCベンチャーキャピタル7号投資事業有限責任組合、また、PEファンド運営会社のマラトンキャピタルパートナーズ株式会社及びPE投資会社の株式会社GOF等より2億円超の資金調達をしました。

シード・ファイナンスの際にも、多くのベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家から、冒頭のような中小企業向けSaaSは難しい旨のアドバイスをもらいましたが、事業開発を進める中で、解像度が上がって来て、明確に言語化できるようになってきましたので、本稿では読者の皆様に私が習得してきた知見とノウハウをシェアしたいと思います。

日本経済のマスは中小企業です。国内市場のBtoB SaaSに絞って言えば、余程の高単価で大企業の多くの企業に導入できる場合を除き、中小企業をターゲットにしなければユニコーン・デカコーンに到達することが難しいのが実態です(もしくは、海外市場を目指すことになります。)。そのため、本稿では、夢を持ってユニコーン・デカコーンを目指す学生起業家など後進の起業家のことも考えて、なるべく易しい言葉を使って、分かりやすい記述を目指しました。

2.中小企業の特徴

(1) 中小企業の分布状況

中小企業の分布状況

中小企業庁の2024年版「中小企業白書 小規模企業白書」のグラフのとおり、日本の中小企業数は全体の99.7%を占め、従業者数でみると中小企業で働く人は全体の約70%となっています。それにもかかわらず、中小企業は、企業の生産活動によって生み出された価値を数値で表した付加価値額が56%しか創出できていません。

付加価値額とは、簡単に言うと、企業が商品・サービスを販売して得た売上から、その商品・サービスを作るために使った商品仕入や原材料仕入・外注加工費など外部購入した費用を引いた残りの利益のことを指します。

本来は中小企業で働く人が全体の70%もいるわけですから同様に創出する付加価値額も70%であるべきですが、このように中小企業で働く人たちが日本全体の生産性を下げてしまっているのです。

(2) なぜ中小企業はDXできないか

DXの取組を進めるに当たっての課題(DXの取組状況別)

労働生産性を上げるためには、業務のデジタル化、すなわちDXが求められます。しかし、上記のグラフ「DXの取組を進めるに当たっての課題(DXの取組状況別)」のとおり、上位から、「特になし」「費用の負担が大きい」「DXを推進する人材が足りない」などの理由からDXが進んでいないのが実態です。

まず「特になし」ですが、ほとんどの中小企業はなんとなく「まわっている」ため変化する必要性を感じていません。また、事業承継の文脈でもよく語られますが、中小企業経営者の高齢化は社会問題化しており、経営者自らが積極的に変化しようというモチベーションに乏しい状況にあります。そのため、前述のような中小企業の社数やそこで働く従業者数だけ捉えて広大な中小企業マーケットと言うのは簡単ですが、中小企業ではDXのニーズが顕在化していないケースも多く、強いPR、すなわち啓蒙活動とセットで行う必要があります。

次に「費用の負担が大きい」ですが、大企業と比較するまでもなく、中小企業の財務状態は脆弱です。社員のITリテラシーの低さから、システム導入・運用が上手くいかない可能性もあり、ハイリスクなIT投資に脆弱な財務状態で取り組む合理性がないのも実態です。この点、SaaSの登場により、初期のシステム開発も不要となり、使用状況に応じた月額課金で支払うことができるDXの選択肢が増えたことは、中小企業にとって財務負担の軽減を図ることができ、中小企業DXが前進する可能性を感じます。

そして、「DXを推進する人材が足りない」ですが、中小企業にはそもそも情報システム部門がないばかりか、多くの企業にはシステム担当すらいません。そのためDXの職責を担う社員がいないため、DXは自ずと経営マターになるのですが、前述のとおり、多くの中小企業では経営者の高齢化も著しく、DXを推進する人材が不足しています。

これら3つからも分かるとおり、中小企業DXは、広大な市場規模があるものの、そもそもDXの必要性を感じていない、脆弱な財務負担、そして、何よりDXを推進する人が不足しているなどの問題から遅々として進まず、社会課題になっている状況です。

3.中小企業向けSaaSの事業開発ポイント

利益=(顧客当たり単価-顧客当たり獲得コスト-顧客当たり原価)×顧客数

勝間式「万能利益の方程式」

上記は、私が若かりし頃に一世を風靡した経済評論家・公認会計士の勝間和代先生の「勝間式『利益の方程式』-商売は粉もの屋に学べ!」のフレームワークです。このフレームワークに、SaaSビジネスを当てはめて考えてみたいと思います。

SaaS(Software as a Service)ビジネスと言えど、ソフトウェアのみでサービスを完結するテックタッチから、人がコンサルティングやサポートを行うハイタッチまで、様々なサービス提供スタイルと組み合わせがあります。

そこで、本稿では、ハイタッチ、すなわちSaaS+コンサルティングのビジネスモデルの場合、コンサルタントの人数が成長の限界になってしまい、中小企業向けSaaSでユニコーン・デカコーン企業を目指すという事業開発から遠くなってしまうため、こちらについては記載しません。また、一般的に顧客ターゲットを絞れば高い単価が取れると言われますが、その結果、獲得できる市場規模が小さくなってしまうため、こちらも同様に記載から除外します。

よって、事業の拡張可能性のあるテックタッチを主体とする中小企業向けSaaSビジネスを前提に記載をします。

SaaSビジネスは、しっかりとしたPMF(Product Market Fit)後は、極端な話、プロダクト開発を止めてしまえば「売上=粗利」ということもできます。また、顧客数、つまりユーザー数についても、実務上はサーバー負荷などユーザー数についても考慮すべき論点がありますが、システム提供のため、ユーザー数を問わずサービス提供できることを前提とします。そのため、顧客当たり原価及び顧客数については考慮せずに記載をします。

以上のことから、以下では、主にテックタッチで事業展開する中小企業向けSaaSビジネスにおいて、顧客当たり単価が、顧客当たり獲得コスト、いわゆるCAC(Customer Acquisition Cost、営業活動にかかる人件費等を含むマーケティング・コスト)をどうすれば上回るのかについて記載してまいります。

(1) 顧客当たり単価が取れない

顧客当たり単価は、SaaSビジネスでは、ARPA(Average Revenue Per Account、1アカウント当たりの平均売上)が当てはまります。時間軸も考慮して考えると、解約率も論点になります。

中小企業向けSaaSの一番の難しさはLTV(Life Time Value)が小さいことにあります。そもそも中小企業は社員数が少ないためユーザー数を増やすことができない、また、前述のとおり脆弱な財務状態にあるため顧客当たり単価を高く取れません。しかも、社員のITリテラシーも高くないため、SaaSの導入・運用においてもスムーズに推移しない可能性も高く、解約率も高いということがあります。

このように顧客当たり単価がしっかりと取れないということは、それよりも、顧客当たり獲得コストを下にしなければ利益を創出できないということになりますから、中小企業向けSaaSで事業開発を行う上での全ての出発点になります。

(2) エコノミクスの検証の難しさ

それでは、前項に基づいてシミュレーションをしてみましょう。仮にARPAが月額1万円で、ユーザーが3年間(36ヶ月)利用してくれる場合、顧客当たり単価は36万円になります。こちらに対して、メール送付、ホームページの問い合わせフォームへの連絡やテレアポなどによるアポイント獲得単価が1万円で、アポイント後の営業活動で20%が成約に至るとすると、5万円と顧客当たりのフィールドセールスのスタッフの人件費等の合計金額が顧客当たり獲得単価になります(正確には、カスタマーサクセスのスタッフの人件費等は顧客当たり原価になります。)。

この条件で考えると一見、エコノミクスが回っているように思いますが、経営実務上では時間軸に難しさがあります。

具体的には、上記の仮定であっても、顧客当たり獲得単価が5万円+人件費等かかるということは、当該費用を回収するのに、半年以上の時間を要することになります。仮にARPAが半額の月額5,000円であれば、1年以上の時間を要することになります。

さらには上記事例の3年間のような平均利用年数は、継続して事業を行った場合に取得できるKPI(Key Performance Indicator)になりますので、スタートアップ経営の観点からすれば、もっと短い時間軸でエコノミクスが回っていなければ、次の資金調達に繋げることが難しいのです。

そこで以下では、どのように顧客当たり単価を上げればいいか、また、どのように顧客当たり獲得単価を下げればいいかについて記載をしていきます。

(3) スタートアップ業界のSaaSのセオリーを疑え

私もスーツ社のSaaSビジネスを事業開発するにあたり、ありとあらゆるSaaSビジネスに関する公開情報に目を通させていただきましたが、中小企業向けSaaSを成立させるには、スタートアップ業界で言われているSaaSビジネスのセオリーを疑う必要があると考えています。

SaaSビジネスの代表的なセオリーは、「Must have」となるサービスコンセプトか否か、サービスLPでまずユーザーニーズのテストをする、ノーコード・ツールで格安にプロダクトを完成させる、プロダクトが未完でも早い時点でユーザーテストをする、営業は直販で行う、オウンドメディアは構築しない、そして、PR/ブランディングに投資をしないなどが挙げられます。

私もスーツ社で事業開発してきましたが、スタートアップ業界のノウハウの蓄積でもある、これらのセオリーが間違っているとは思いません。しかしながら、少なくとも一部の項目については、中小企業向けSaaSの事業開発にフィットしない可能性があると考えます。

例えば、中小企業の社員はITリテラシーが低いため、UI/UXも相当に作り込まれたものでなければ、そもそもSaaSの導入ができない、運用が続かないという論点があります。そのため、もし「簡単」を売り物にしたサービスLPでユーザーニーズの確認ができたとしても、実際にプロダクト開発を行ってみたところ多くの資金と期間を要するかもしれませんし、また、もしノーコード・ツールで格安にプロダクトを作ったとしても、UI/UXがユーザーの求める操作性に到達しない場合もあるわけです。

営業やマーケティングにしても、代理店よりも、マネジメントサイクルが回りやすく、営業マンのコントロールが効きやすい直販の方がいいのは分かりますし、短期間では費用対効果が分かりづらく、かつ、投資期間も中長期にわたるオウンドメディアやPR/ブランディングに投資しないのもそのとおりだと思います。

セオリーが間違っているとは思いません。しかし、経営戦略を立案する上でこのような前提情報を改めて精査した上で再構成して、取れるリスクと取れないリスクを取捨選択すればいいのです。もちろんセオリーから違う経営戦略を採用した結果、そこでリスクテイクすれば大きなリターンがあることは言うまでもありません。しかし、それはやみくもに選択するものではありませんし、合理的・論理的に考え尽くされた上でリスクテイクすべきものでしょう。

(4) 中小企業を十把一絡げにしない(ターゲットを絞る)

ここからは具体的な施策について言及してまいります。顧客当たり単価を上げるために一番インパクトのある方法があります。それは顧客ターゲットを明確に絞ることです。一般的に、顧客ターゲットを絞れば、その狭いターゲットに向けた商品・サービスは顧客の悩みを深く解決することができるため、単価が高く取れると言われています。

スーツ社も中小企業向けSaaSを展開して早いもので3年以上が経ちましたが、中小企業に対して営業活動をしているプレイヤーからはこう言われます。

「スタートアップの人たちの中小企業の解像度が低い。社員数が300人以上いて、地域で1番の大企業にいる社員のようなITリテラシーを前提にしている。」

SaaS Loversの皆様もハイキャリアな方が多いでしょうから、似たような状況ではないかと思います。私の知る中小企業向けSaaSを展開している企業の営業マンは、スマホアプリのインストールができないなどの対策のために、その会社に赴いて講習会を実施しています。社内向けに操作マニュアルを作るといったことも、社員数が50名以上いるような、人員に恵まれた企業でなければ難しいのです。

昨今では、社員数が300人以上から2,000人未満の企業について、新たに「中堅企業」という定義が設けられましたが、中小企業を十把一絡げにすることなく、業種業態、職種や事業規模で区切って、しっかりとセグメンテーションをすることが重要です。商品・サービス提供先としての日本の中小企業マーケットは巨大ですから、このようなセグメンテーションをしても、なお、大きなマーケットが存在するはずです。

(5) ITリテラシーに合わせてプロダクト開発を行う

前述のとおり、深く顧客課題を解決できるのであれば単価を高くとることができます。それと同時に、中小企業向けSaaSのプロダクトでは、決して高くないITリテラシーに合わせた開発を行わなければなりません。

ITリテラシーが低いと、運用や継続のハードルが高くなり、SaaSの解約率も高くなります。

そのため、エンタープライズ向けSaaSと違って、機能を減らしてシンプルにして、UI/UXも作り込まれたものでなければ、そもそも導入・運用が続かないという問題があります。

SLG(Sales-Led Growth)を採用して多くの営業人員等にコストをかけたり、オンボーディングやカスタマーサクセスにコストをかけたりしてしまうと、回収期間がさらに遠のいてしまう可能性があるため、中小企業の社員のITリテラシーをよく理解したプロダクト開発を行う必要があります。

(6) 口コミの創造

顧客当たり獲得単価を下げる方法について確認しましょう。代表例は口コミの創造です。

ターゲットを絞って、深い顧客理解と顧客の課題解決を実現できる良質なプロダクトを提供できれば、ロイヤルカスタマーを創造でき、彼らが口コミを創造してくれます。

ロイヤルカスタマーとなった既存ユーザーが口コミを創造してくれたり、さらには直接的なアクションとして新規ユーザーを紹介してくれるので、無料でのマーケティングが拡大していくことになります。ポジティブ評価の連鎖という口コミの創造を超えるマーケティングはありません

口コミの創造をするためには、ロイヤルカスタマーを作らなければなりません。ロイヤルカスタマーを創造するには、顧客ターゲットの課題解決となるプロダクトを提供することは当然ですが、カスタマーサクセスに注力するとともに、積極的に導入事例を公開する、ユーザー同士をネットワークしてコミュニティづくりをするなどの手段が考えられます。

なお、プロダクトにネットワーク効果を織り込んで、ユーザー数の増加とともにプロダクト自体の魅力も向上するような仕組みを取り入れると、さらに競争優位性を確立することができます。

(7) マーケティングのアプローチ① 営業チャネル

「身の丈IT」を中小企業へ届ける主体は?

上の図は、中小企業庁の「中小企業の身の丈に応じたITツールの普及促進について (討議用資料)」(令和元年10月10日)です。これによれば、中小企業・小規模事業者へのチャネルは以下のようになっています。

メディア・レビューサイトや地域のITベンダー経由 43%
ダイレクトセールス 24%
支援機関(金融機関、商工会・商工会議所、税理士・会計士、診断士・社労士) 4~26%
コンサルティング会社・VC、ITコーディネータ、その他フリーランス 7%

「中小企業の身の丈に応じたITツールの普及促進について (討議用資料)」

このような統計データを見れば、中小企業向けSaaSがダイレクトセールス、すなわち直販だけに注力することが間違っていることは明らかです。

中小企業向けSaaSの事業開発としては、ITベンダー経由の代理店や金融機関や商工会・商工会議所等の紹介を視野にプロダクト開発及び営業体制の構築をするのが望ましいと言えます。

直販だけではなく、他社の営業チャネルを用いれば、顧客当たり獲得単価を下げることができます。

事実、中小企業向けSaaSで成功している上場ユニコーン企業の多くは、直販だけでなく、代理店や紹介などのパートナーセールスにもしっかりと注力している会社が多い印象を持っています。

(8) マーケティングのアプローチ② オウンドメディア

オウンドメディアの構築は不確実性が高く、投資期間も長いため、スタートアップのセオリーでは、やってはいけないと言われている筆頭格かもしれません。しかし、オウンドメディアは、広告のようにフローではなく、ストック型として資産性あるマーケティング手段として、上手くやれば、非常に高い費用対効果を生み出すことができます。

オウンドメディアの種別についても、記事コンテンツだけでなく、近年ではYouTube、InstagramやTikTokなどの動画コンテンツも増えてきています。記事コンテンツと違って、動画コンテンツについてはさらに制作コストがかかるため、投資額が増えることになります。TikTokが短期間で一番多くのユーザーに拡散され再生される可能性がありますが、エンゲージメントが一番高いのはYouTubeになります。私はYouTuberプロダクション「VAZ」の社長もしていたのでよく理解しているのですが、YouTubeチャンネルについては1年近くコンテンツ投稿した後に、徐々に再生回数が増え始めるため、中長期的な投資にならざるを得ず、投資回収には長い期間を要します。

また、記事コンテンツの場合は、SEO(Search Engine Optimization)が重要になりますが、こちらは創業当初のスタートアップはドメインパワーが弱く、記事の品質、すなわち読了率などエンゲージメントで勝負する必要が出てくるため、難しさもあります。

オウンドメディアを構築することによって、当該メディア経由の資料請求、ホワイトペーパーのダウンロード、セミナーへの参加、お問い合わせや無料お試しなどの数を増やすことができて、顧客当たり獲得単価を下げることができます。

なお、スーツ社は、「スーツアップ」のLPサイトに、記事コンテンツのオウンドメディアを構築しました。日本有数のメディア運営のプロフェッショナルに依頼しているため、SEO記事の掲載からわずか4ヶ月で、直近1ヶ月のUU数は2.9万で、検索ワードについてもプロダクトに近い複合キーワードの獲得ができいます(瞬間的かもしれませんが「タスク管理ツール」という検索ボリュームの多いキーワードでも1頁目に表示されています。)。手前味噌ながら、BtoBマーケティングのオウンドメディアでこの数字は自慢できる数字だと認識しており、資産性のあるマーケティング手段として確立できています。

(9) マーケティングのアプローチ③ PR/ブランディング(not 広告)

PR/ブランディングも適切に行えば、認知の獲得と口コミの創造を通じて、中長期的な観点で、顧客当たり獲得単価を下げることができます。

PRは、広告と違って、ニュース価値のある新規ビジネスを手掛けるスタートアップと親和性が高く、上手くやれば、少ない予算で大きなPR効果を獲得できレバレッジが効きます。また、商品やサービス、企業やCEOのブランディングについても、刈り取り型の広告と違って費用対効果が見えづらい点もありますが、中長期的なマーケティング手段として有効です。

こちらについても、PR/ブランディングは不確実性が高く、投資期間も長いため、スタートアップのセオリーでは、やってはいけないと言われれています。こちらについては、スタートアップ業界の失敗事例で、CEOが会社経営を放置して、自分のPRに邁進してしまって、結果として、経営が上手くいかなった事例も数多くあるからかもしれません。

PRについては、新規性のある情報発信をすることで、数多くのメディアが記事化・映像化して取り上げてくれる可能性があるわけですから、積極的に考えない手はありません。

また、ブランディングについても、商品・サービス、企業やCEOと対象は様々ありますが、企業の認知を上げて、ブランドを構築することができれば、顧客当たり単価を上げられるようになることも含め、ありとあらゆる企業活動が効率的になります。新規性のあるスタートアップでは、新しいビジネスキーワードと組み合わせたブランディング施策を行いやすい事業特性があり、「〇〇といったら××」というような純粋想起を確立できてしまえば強い競争優位性を築くことができます。先ほどスタートアップCEOのPRの失敗事例を紹介しましたが、CEOがスポークスマンとしてメディアに出ることで商品・サービスや会社の認知を上げることができるので、CEOが積極的にメディア露出を図ることは決して悪いことではありません。

なお、スーツ社では、PR活動を積極的に行っており、ニュースバリューがある企業活動についてはプレスリリースをしっかりと行っています。また、私もメディアからのインタビューを受ける際は丁寧に回答をするようにしています。2025年春には中小企業の労働生産性の向上に関するビジネス書の出版も予定しています。

(10) マーケティングのアプローチ④ セミナー(1対Nのマーケティング)

セミナーですが、オウンドメディアとPR/ブランディングの変化版と言ってもいいかもしれません。1対Nのマーケティング手段として、セミナーは有効です。セミナーを通じても、顧客当たり獲得単価を下げることができます。

セミナーは、講師・専門家という立ち位置で認知・集客を行うことができますし、有名なゲストと一緒に登壇すればブランディングにも繋がります。

さらにはセミナーそのものを文字起こしして記事コンテンツにしたり撮影して動画コンテンツにしたりすることも可能です。一度コンテンツ化すれば、資産性のあるマーケティング手段として、継続して多くの人の目に触れることとなります。

なお、直近については、新型コロナウィルス感染症の反動もあってか、ウェビナーよりも、セミナーのほうが集客しやすい状況にあります。

(11) 資金調達力

中小企業向けSaaSの事業開発では、顧客当たり単価が取れないため、顧客当たり獲得コストを下げなければなりません。そのため、プロダクト開発において、中小企業をセグメンテーションして、そのターゲットに向けて機能を減らしてシンプルにして、UI/UXも作り込む必要があります。また、不確実性が伴う投資性のマーケティング施策を採用せざるを得ません。

そこで、中小企業向けSaaSの事業開発のポイントとして、最後に資金調達力についても触れておきます。

中小企業の社員のITリテラシーでも活用されるプロダクトにするには、機能を絞り、UI/UXを作り込む必要があります。プロダクトの機能を絞って開発することについてはプロダクト開発の基本になりますが、UI/UXについては、安く速くプロダクト開発をしようと考えるとどうしてもモジュールの使いまわしにならざるを得ず、こだわった開発は後回しになりがちです。UI/UXの作り込みには思っている以上の開発期間を要することになります。

また、紹介や代理店などの営業チャネル、オウンドメディアの構築やPR/ブランディングなどのマーケティング施策についても、一朝一夕では成果が出るものではなく、投資期間もそれ相応に長くなる施策ばかりです。

このようにプロダクト開発とマーケティングの双方に投資性の資金を投入しなければ、中小企業SaaSにおいて、顧客当たり獲得コストを低減させることが難しく、エコノミクスが成立しづらい状況にあります。

以上のことから、これらの施策を実現するためには、スタートアップに資金調達力が求められることになります。調達した資金を、プロダクト開発とマーケティング施策に注ぎ込んでいくことになりますが、この期間の長い事業投資をリスクコントロールしながら実施していく腕が経営者には求められます。

4.まとめ

今後、日本は未曾有の人口減少を迎えます。このような状況下で、日本経済を維持・成長させるためには、日本のマスである中小企業のDXを実現して、労働生産性の改善を行わなければなりません。

そのため、中小企業向けSaaSビジネスは、多くの人がチャレンジすべき社会的なテーマであるとともに、ビジネスとしても大きな可能性があります。

既にこの領域においても多くの先行者・成功者がいますし、何よりビジネスですから決して難しいことではなく、売上よりも原価・経費を小さくすれば利益が残ってエコノミクスがまわります。

そのためには売上を増やすためのアプローチ、逆に、原価・経費を減らすためのアプローチをロジカルに考えて愚直に実行していくしかありません。

今までSaaSビジネスを語る上で、顧客接点から成約して、解約するところまで、ロジカルに計算できるところが素晴らしいと言われていたことからすれば、本稿でご紹介してきたとおり、中小企業向けSaaSは、エコノミクスを成立させるためには、不確実性が伴う長期間のプロダクト開発とマーケティング施策を行うことになります。これが中小企業SaaSが忌避される原因のようにも思います。

しかしながら、リスクとリターンという観点で考えれば、その不確実性に打ち勝って、一旦、エコノミクスが回り始めれば、広大な中小企業マーケットを1社で総取りできるチャンスも広がっているわけです。

私たち株式会社スーツは、チームのタスク管理ツール「スーツアップ」で、中小企業SaaSの事業開発の成功事例になりたいと思います。

ぜひとも本稿の読者の皆様の中から、日本の社会課題の解決に向けて、中小企業向けSaaSビジネスにチャレンジする方が生まれればと思います。


以上です。最後までお読みいただきありがとうございました! #SaaSLovers 15日目は、株式会社SmartHR後藤達也さんの記事です!「SmartHR でのこれまでと、次に向けてのお話」というテーマの予定とのことです。どうぞお楽しみに!

*SaaSLoversの過去記事は以下のマガジンからご覧いただけます。


株式会社スーツ 代表取締役社長CEO 小松 裕介

2013年3月に、新卒で入社したソーシャル・エコロジー・プロジェクト株式会社(現社名:伊豆シャボテンリゾート株式会社、東証スタンダード上場企業)の代表取締役社長に就任。同社グループを7年ぶりの黒字化に導く。2014年12月に当社の前身となる株式会社スーツ設立と同時に代表取締役に就任。2016年4月より総務省地域力創造アドバイザー及び内閣官房地域活性化伝道師。2019年6月より国土交通省PPPサポーター。
2020年10月に大手YouTuberプロダクションの株式会社VAZの代表取締役社長に就任。月次黒字化を実現し、2022年1月に上場会社の子会社化を実現。
2022年12月に、株式会社スーツを新設分割し、当社設立と同時に代表取締役社長CEOに就任。

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