著者それぞれの作法

石井妙子氏の「女帝 小池百合子」が評判です。

先ほどアマゾンのランキングを見たら全体7位。レビューも177個となっていて、それも概ね好評のようです。

今のところ未読で詳細は把握していないのですが、対象の人選とアプローチの仕方を知っただけで、読まない前からボクも絶賛五つ星を進呈したい心境でいます。

ボクはノンフィクション作家という自覚はありませんが、ノンフィクション作品も書いてきた身として、この本の存在を知って最初に気に止めたのは、その執筆に3年余りを費やしたという事実です。
ノンフィクション作品(もちろんフイクションもですが)にそれだけの時間をかけることは珍しくもないでしょうが、この作品に強く惹かれたせいか、あらためて執筆期間に意識がいったのです。

ボクはカープの選手についてのノンフィクションらしき作品を何冊か書いていますが、これほどの時間をかけたことはありません。
たとえば「前田智徳 天才の証明」や「蘇る炎のストッパー 津田恒実」などは版元からお話があって、大体が「賞味期限」を想定して短期間に締め切りも設定されていて、どちらも3か月ほどで書き上げています。

ちょっと異例なのは「わしらのフィールド・オブ・ドリームス」で、これは1993年からはじめた野球場づくりという遊びが1995年に幸運にも完成にいたった後に書きはじめ、一度は書き上げたものの出版社をたらい回しにされ、その間改稿に改稿を重ねて、ようやく1998年に出版されたので、サバ読めば「足掛け6年を費やした労作」ということになります。(笑)

時間ばかりか、取材件数についても、ボクはかなり少なく済ませているほうだと思います。
石井氏の著書では、何人に取材されたのか現段階ではわかりませんが、小池百合子の地元はもちろん、エジプトにまで出向いての取材を敢行しているのを知れば、その数が半端ではないことは容易に察しがつこうというものです。

丹念に取材対象について調べ、そして本人やその周辺を綿密に取材する。それはノンフィクション作品を書くための基本の「き」というものでしょう。
その意味ではボクの方法論や手法は邪道と言えるかも知れません。ただ、ボク自身はノンフィクションを書いているという自覚が希薄なせか、また「対象の未知の部分を掬い出したい」という思いが強いからでしょうか、その本質にアプローチできそうな感覚を掴むと、あとはひたすらその人物像を彫琢していくような作業で書き上げていきます。

労力と時間という制約は当然あるのですが、従来の手法にこだわっているのは、「取材をすればするほど取材対象に縛られる」という苦い経験があるからでもあります。
「女帝 小池百合子」のケースは、もともと小池百合子という人物の生き方、あるいは政治手法にもたれていた違和感の原因を探るというアプローチだったようで、そこで描かれるのはその結果としての人物像です。

しかし、ボクの前述の著書たちは基本的には「悪くは書けない」作品です。ならば本人にしろ関係者にしろ、いいことしか話には出ない取材を重ねて不足はないのかも知れませんが、それをするとどんどん嘘っぽい「ヨイショ本」になってしまいます。

なのでボクは「生まれ育った土地を訪れて何人かにお話を聞く」。それだけは自分に課す程度の取材で書くようにしています。
とくに野球選手がテーマの場合は、グラウンドで残したデータが様々なことを物語ってくれますし、エピソードはいくらでも拾うことができます。
したがってそれをどう取捨選択し、どう料理できるかが勝負だとも思っています。

この我流の方法では陰影が薄くなりがちなのは自覚はしていますが、もかしたら誰も知らなかった人間像、もしかしたら本人も意識したことのなかった人間性のようなものが描けてもいるのではないかという自負もないことはないのです。

いま書いているテーマは「ヒロシマ」についてですが、これも取材らしき取材は今のところしていません。これまで語られてきた「ヒロシマ」からもれていた断片を拾い集めて、これまで語られてこなかった「ヒロシマ」を書いてみたいというのがそもそもの動機。「ノンフィクションでは書けないし、面白くないので小説仕立てで書く」という途方もない試みでもあるのです。

ベースはノンフィクションですから、当然のことながら関係者の取材はあってしかるべきなのでしょうが、リアルなものとして登場するのは作品の骨格を支えてくれる周辺の場所や人物だけ。それも遠目に観察するようなやり方です。

今も書きながら取材の対象を広げるべきか、意識はしています。しかし、それほどの必要性を感じていないのも事実で、ついい先日、ようやく通常開館になった図書館でドジャースがカープに贈呈した「ノーモア・ヒロシマズ」のプレートに関する資料を探しに行ったのが久々のアクションといえばアクション。

それでも「ヒロシマ」に関しては、もう何十年も前から資料を集めたりイベントの取材なんかはしてきたわけで、書きあがれば「足掛け何十年の労作」とホラ吹いてもバチは当たらないでしょう。(笑)



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