球場巡礼 第5番 「草薙球場」
1996.8.25 & 8.27
草を薙ぐ澤村の股間に日米戦のまぼろし
名古屋の駅前通りを渡って、人影まばらな駅構内に身を運んで、まずすることといえば朝のお務め。トイレで用を済ませ、ホームレスらしきおじさんと並んで洗面所で歯を磨き顔を洗う。
おじさん、べつにこちらを気にとめる様子もなく、緩慢なというか、悠然とというか、歯ブラシを左右に運ぶ。視野の片隅で盗み見る男の影はおぼろで、どちらが自分かが曖昧に思えてきたのは、すでに日常とは微妙なずれが生じてきたからだろう。
きのうはナゴヤ球場で近鉄対オリックスの試合を観戦したあと、オールナイトの上映の映画館で「男はつらいよ」の3本立てを鑑賞しながら夜を明かした。プログラムがすべて終了すると、館内に照明が灯って気だるそうな館内が映し出された。
—映画は終わりましたよ。そろそろおひきとりください。
無言でそう急かされたようで、寝ぼけまなこをこすりながら頭陀袋ひっつかんで往来に出たのが早朝の7時前。駅前界隈は、夜の名残りと朝の気配とが交錯する薄明かりのなかで、ようやく生気ただよいはじめるところだった。
朝のお務めをすましたところで、構内の片隅からトラに連絡取る。と、トラはすでにホテル出て、こちらに向かっているところだった。
やがて駅前に姿みせたトラに、「よーく、眠れましたかね」と挨拶がわりの嫌みを一発。 とはいえ、それを嫌味と気づくほどのデリカシーのないトラは、おとぼけのご様子。「おかげさまで」というがはやいか、「ふぁーあっ!」と、駅ビルも呑みこまんばかりの大あくびをすると、皮のリュック肩にかつぐと、そそくさとロッカーに向かった。
「7時22分発ですよ。急ぎましょう」
コインロッカーから荷物のリュックを引っ張りだした同行二人は、売店で朝食用に『みそカツ幕の内弁当』800円也とお茶110円を調達すると、改札で青春18きっぷに、あらたなに「本日分のスタンプ」を押してもらい、米原発豊橋行の各駅停車に飛び乗った。
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