水天堂

雑文や短編小説などを書いたり、落書きしたりしてます。別名義でお芝居の台本も書いてます。

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雑文や短編小説などを書いたり、落書きしたりしてます。別名義でお芝居の台本も書いてます。

最近の記事

呪文

 小さい頃、呪文のようなものを覚えるのが好きだった。変身の呪文とか必殺技の呪文とか。 寿限無を覚えたのは小学校高学年の時で、お菓子の袋に印刷されてたのを見て覚えた。 中学生の頃、初めて古文とか漢文に接した頃は結構ワクワクして、平家物語の序章や枕草子の春はあけぼのあたりは丸暗記したけど、文法や漢字・単語を覚えなければならなくなった頃から急速に苦痛になって覚えられなくなった。 私にとっての役者の楽しみの一つはセリフを言えることで、これは呪文を覚えて唱える喜びに通じている様に

    • 絶望の味

      「ここは俺に任せて先に行け!」みたいなのが実は好きだ。それが絶望的に悲劇的で切ないほどいい。 平野耕太の『HELLSING』のベルナドットの最後のシーンとか、イギリス軍基地で凡庸とされた将軍と部下たちが命をかけて敵を足止めしようとするシーンとか好きだ。(そもそも『HELLSING』は私の性癖に響くシーンが多い)。 一方で、絶望的な状況で抵抗できない残虐なシーンを見ると精神的にしんどくなる。 昔で言えば、映画『二百三高地』でロシア軍のトーチカの堀に突撃して落ちてしまった日

      • ミラ・イース(LA300S H24年製)のヘッドライトバルブ交換顛末記

        うちの車ミラ・イースの右ヘッドライトのバルブ(電球)が球切れした。 ハイビームは使えるがロービームだと片目になっている。 ネットで調べると比較的簡単に交換が出来るようなので、とりあえずハイビームで誤魔化しつつ、バルブを買って自分で交換しようと考えた。ちなみにうちのミラ・イース(LA300S)の場合バルブの種類は「H4 Hi/Lo」というタイプ。ハイビームとロービームが一つのバルブに組み込まれているタイプだ。LA300Sの中でも平成23年~29年式はハロゲン球がデフォルトでそ

        • 父と包丁研ぎ

          この歳になって私のしてきた包丁の研ぎ方がやや間違っていることを知る。 両刃包丁を研ぐ時、どちら側を研ぐ時も刃を向こう(身体から遠い方)に向けて持ち、裏面を研ぐ時は持ち手を入れ替えて研いでたのだが、包丁の研ぎ方を紹介してるサイトでは、包丁は常に右手に持って、はじめに刃を手前(身体の方)に向けて研ぎ、次に刃を向こう側に向けて研ぐ…とある。 確かにこれなら、包丁の持ち手は常に右手になるから安定しやすい。(私のやり方だと持ち手が左手になる時にはやや不安定になる) いつになっても学び

          ロヒンギャ問題に関する個人的なメモ

          この所、難民関係の本をまとめて読んでいる。 きっかけはロヒンギャ問題だった。 去年以来、Facebookのタイムラインにやたらとロヒンギャというキーワードを見かけるようになったからだ。迫害され百万規模で難民化しているらしい。そも、ロヒンギャとはなんぞや? ロヒンギャ(Rohingya)とは、ミャンマーの西部、バングラディシュとの国境沿いにあるラカイン州などを中心に住む人々のこと。「少数民族」と紹介される場合もあるけど公的には民族として認められていない。 外見的にはインド

          ロヒンギャ問題に関する個人的なメモ

          勉強アプリの弱点

          最近、中学生くらい向けの勉強アプリを入れて時間がある時やっているが結構楽しい。 ちょっとした硬派なクイズみたいな楽しさ。頭を耕す感じ。 ただ、どのアプリも間違った時のフォローは弱い気がする。自分で立ち止まって調べたり考えたりして理解しようとしないと、定着せず同じ間違いを繰り返してしまうのだ。 正解は一つでも間違い方は十人十色直接の原因は、間違った後に表示されるものが、正しい回答と簡単な説明だけだからの様に思う。中には簡単すぎて、なんで間違えたのか、どこが間違えたのかしばら

          勉強アプリの弱点

          「触れ合い」への揺り戻し

          コロナの影響で世界の常識が変わり、「触れ合いへの忌避」が今後起きてくるのでは…という話を最近よく聞くけど、個人的には「安心して触れ合える人とそうでない人」のギャップが大きくなるだけで、「触れ合い」そのものの価値はむしろ高まるんじゃないかと思うのだがどうだろう。 人は触れ合いを採って生きているスキンシップ神話でよく取り沙汰されるお話に、神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世が行った50人の赤ちゃんに衣食住の世話だけ行い話しかけや顔を覗き込んだりスキンシップを一切行わなかった実験が

          「触れ合い」への揺り戻し

          青春は遠くに在りて思うもの -『タッチ』を読んで

          妻のオススメで休業の暇な時間を使ってあだち充の「タッチ」を読んでみた。 読んだのは少年サンデーコミックス ワイド版 全11巻。11時位に読み始めて18時位に読了。本を読むのはかなり遅い方なのだけど一気に読み切れた。 アニメはちょっと苦手意識があって見てないし連載当時も週刊漫画雑誌は暗黙の内に禁止されていた家だったので読んでいない。これが初読になる。 さすがに一時代を築いた作品だけあって大変面白かった。 面白いだけでなく、語り口が絶妙なんだなあとも思った。本を読むスピードは内容

          青春は遠くに在りて思うもの -『タッチ』を読んで

          物語による癒やしは万能ではない

          昨日、南無サンダーさんの第13回公演見世物音楽演劇『ポイズンゼファー』を観てきた。 一日経って思ったことをつらつら書いてみようと思う。 南無サンダーさんとは?知らない方のために説明すると「南無サンダー」さんはテント芝居をしている福岡の劇団さんだ。 政府から、コロナウィルス感染拡大を防ぐためと称して様々なイベント関係の自粛が要請され、大手・小規模関係なく殆どの演劇含むライブ・エンターテイメントが中止したりさせられたりしている中、「感染リスクの少ない野外かつ風通しの良い後部を

          物語による癒やしは万能ではない

          話の軸を安易に手放すこと

          作品作りで、特に推敲の段階でしていけないのは、話の軸になる要素を安易に手放すことだ。初期段階ならば追加要素を取り込んだり要素を入れ替えても軌道修正できるが、最終段階でそれをやるとほぼ確実に作品は求心力を失い空中分解して頓挫する。何度経験したことか。 しかし、心がひ弱な創作者は自分が温めてきた作品への疑いを持ってしまいがち。 疑うならもっと早い段階で疑うべきだったし、すでに大詰めならば、それがたとえみんなから無視あるいは嫌悪され唾棄されるようなものだと思ってしまっても、軸にな

          話の軸を安易に手放すこと

          精力剤を試してみた

          発端、そして購入これまでこの手のものは使ったことがない。 二十代の頃、栄養ドリンクを多用したけれど当時は全然効いた実感が沸かなかったため、それ以来この手のものを信用しなくなったからだ。 気が変わったのは、ここ数年で頓に心身の衰えを感じていた事と、少し前に“ドン・キホーテで購入した精力剤が無茶苦茶効いた”という体験談のツィートがバズってるのをTwitterで見掛けたからだ。 「そう言えば、うちの近所にもドン・キホーテがあったな。よし、行ってみよう。」まで数日。 「あのツィー

          精力剤を試してみた

          方言のイメージ

          「東北弁喋る人って素朴な感じがする。ヤクザとかいなさそう。」 妻と話をしていた時に、妻からふと出た言葉。 少し前に私が書いた台本に郷里の方言をしゃべるキャラクターを登場させた事があるのだが、方言を喋りながら他人を問い詰める様な話で、読んでもらった時の感想は「怖い」だったのだけど、その「怖い」の根底はここにあったらしい。 素朴そう、純朴そうなイメージの言葉をしゃべる人が他人を問い詰めるから怖いと。 なるほどと思った。 実はこの台本を書いた時点では、そういう効果を狙って方言を使

          方言のイメージ

          折り込みチラシの有用性

          演劇の制作に関しては素人だが、仕事で情宣関係のこともやっているので、その視点からいわゆる「折り込みチラシ」の有用性について考えてみた。 情宣手段の有用性とは?有用性を語るためには、なにを目的にそれを行うかを明確にする必要がある。 芝居の情宣の目的は観劇者数を増やすことにある。 観劇者数は以下の公式で導き出される。  観劇者数=その公演の情報を知っている人数×転換率 転換率とは情報を知っている人の中で実際に観に来た人の比率で、人気劇団は転換率を上げる努力を何らかの形でして

          折り込みチラシの有用性

          「レ・ミゼラブル」たちの世界

          少し前に、青年時代に折々心に移り行く由無し事をそこはかとなく書き付けていたノートを何冊か見つけ、読み返して、あの頃の灰色と言うか仄暗い(漆黒でも色鮮やかでもない)日々を思い起こしうんざりしてしまった。 何よりうんざりしたのは自分が今で言う「自己責任」だったり「新自由主義的」なことを書いていたことだ。曰く、今の自分はダメで、このままではジリ貧で、この状態から脱するためには強くならねば、変わらなければならない。変わろうともせず弱者に甘んじるべきではなく、まして弱者であることを権利

          「レ・ミゼラブル」たちの世界

          歴史の教科書の行間に私たちは生きている

          先日、参議院選挙で不在者投票を済ませた。 選挙の度に「どうせ今回投票してもなにも変わらないんだろうな」と思いつつ投票に行ってて、今回もたぶん変わらないんだろうなと思ってもいる。 (余談だけど、かつて民主党政権が誕生した時の選挙はワクワクした。「世の中変わるかも」と期待できたのはあの時くらい。結果は肩透かしなところはあって批判する人も多いけど、改善の可能性があまり無い現状より余程まし。) ただ、今回の参議院選挙(と、おそらく近々あるだろう衆議院選挙)の結果次第では、自民党改

          歴史の教科書の行間に私たちは生きている

          ハイヒールにせよネクタイにせよスーツにせよ制服にせよ、望まないものを無理矢理着用している人々を見てそそられる(凛々しい!も含む)人々がいる限り、なんのかんの理由を付けて生き残る。そういう人が別なものを見つけたらそちらに移るけど、数世代越しのフェチだから時間がかかるのだろうと思う。

          ハイヒールにせよネクタイにせよスーツにせよ制服にせよ、望まないものを無理矢理着用している人々を見てそそられる(凛々しい!も含む)人々がいる限り、なんのかんの理由を付けて生き残る。そういう人が別なものを見つけたらそちらに移るけど、数世代越しのフェチだから時間がかかるのだろうと思う。