魔女の放浪猫

昔、魔女が言った。

『あなたにはいくつもの命があるのよ。尊い存在なの。私よりも長生きで、神秘的で、きっと、精霊の子供なのね。』

魔女は森の中の小さなぼろ小屋にすんでいて、村の人々の困り事を解決する仕事をしていた。あるときは神秘的な呪文と共に薬草をすりつぶし、混ぜ合わせて処方する。あるときは不思議な模様を描いた地面の上に文字が刻まれた石をなげ、その結果を村人に伝えた。魔女自ら村人の家におもむき、葬儀やお産、成人の儀式などを執り行った。
村人は魔女を深く尊敬し、頼りにしていた。
わたしは小さい頃から魔女に付き従い、その役割を補助しながら気ままに暮らしていた。

そんな生活が長いこと……100年以上は続いたある日、魔女は老いて死んだ。
その頃には村は街になり街では魔女というものが敬遠されるようになっていた。

私は行く宛もなく街におり、そこで疎まれながらも気ままに過ごした。
そして、とある古本市で、不思議な書物を見つけた。
それはわたしと同じ姿の存在が神として崇められ、大事にしているというお話。
みたこともないような紋様と絵に惹かれ、私はその本を持ち帰ることにした。

もちろん代金は払った。
何せ、わたしは魔女の猫なので。

そして、その本に描かれた場所に行きたいと願うようになった。
願いはすぐに行動になる。
わたしは旅にでた。

どこまでも遠い遠い場所に行く。途中でいろんな知識を得た。
人間とは短い生のなかでいくつもの研究をし、それを書き留めるもので、わたしはそれを盗み読み、この世界のことを色々と知った。
ひっそりと口伝えで受け継がれる言葉もあった。わたしは様々なものを見聞きした。

目的の国はエジプトと言うらしい。

そこにたどり着くまでには、砂漠を越えなければならない。わたしは砂漠まで何とかたどり着いた。
そして砂漠を渡り、行き着いた東の島国で悟った。

「しまった、道を間違えた。」

気がついたのは後の祭り。エジプトは旅の遥か遥か後方にあった。私はエジプトに行くよりももっと遠い所に来てしまったのだ。
今さら引き返すのは、かなり面倒に感じた。
本当はエジプトで神の使いとして、崇められ、害されることなく生きていきたかったが、ここも案外悪くないらしい。
ここは日本と言う小さな島国だった。小さいといいながらその実、砂の土地や山、海、狭いところにいくつものエリアがあり、全てが揃っている。
わたしはそこでしばらく気ままに生活していた。

長旅でさまざまな土地を渡り歩いたお陰か、わたしの性質は変質し、染まりやすくなり、いつしかここの島国の妖怪と呼ばれる生き物に成っていた。適応とは恐ろしい。
しかし悪くない。

思えばもと住んでいたアイルランドでは昔から妖精が住んでいたし、わたしもそうなれる素質は十分にあったのだろう。そもそも、100年以上生きていた魔女より長生きしている時点でおかしい。自分は、猫ではなくケットシーだったのかと気がついたのは魔女が死んでだいぶたった頃だった。
それが今や日本の妖怪となり、思ったよりもたくさんの仲間に囲まれている。

「さあ、今日もたくさん学びましょう」

私は動物の世界でもっとも道具を扱いやすい姿に変身し、打ち捨てられた山小屋を改装した建物のなかで、物をあまり知らぬ妖怪たちに物事を教えていた。

「はーい!」

元気な声がわたしの耳をくすぐり、わたしは生徒に配ったのと同じテキストを開いた。

おわり?

2023.6.23

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