瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|番外編 映画「夜明けのすべて」プレミアナイト
玉子かけご飯の醤油1滴のすごさ
2024年1月11日、「夜明けのすべて」の特別プレミアナイトに、ダジャレ社長に連れて行ってもらいました。
前回、映画の撮影現場にお伺いしていた時に、スタッフや出演者の方々にお会いしていたので、緊張は薄まっているはずだったのですが、大都会東京にそわそわしました。
試写会の前日、宿泊予定のホテルまでタクシーに乗ったのですが、運転手さん、頼んでもないのに、「これが国会議事堂です」「ここから東京タワーが見えます」「最近、麻布台ヒルズというのができ高さ何メートルで……」と道中延々と解説してくれました。
ホテルまで30分かかってんけど、最短距離走ってくれた? めっちゃ東京周遊されたんちゃう? と疑いそうになったわ。
それにしても、ホテル名告げただけなのに、東京案内したくなる、田舎者丸出しの空気が私に漂いまくってたんやと落ち込みました。
東京行くからって、きれい目の格好して来たのに(その考えこそが田舎者)。
小学生の娘は、また上白石萌音さんと松村北斗さんに会えるかもと大喜びし、プレゼントを渡したいと、この日に向け用意しておりました。
お二人にお目にかかれるだろうかと心配でしたが、映画館の一室で、試写会直前にお会いできました。
お忙しい時なのに、上白石さんは、「〇〇ちゃーん!」と親し気に娘に声をかけてくださり、娘に手紙までくださいました。
覚えていただいているだけでもうれしいのに、最高のプレゼント。
娘も急いでお二人にプレゼントをお渡ししました。
松村さんも上白石さんも、娘のプレゼントを見ながら、「すっごい、かわいー」「これ、めっちゃ貴重」と喜んでくださいました。(演技かどうかは判別できなかったわ。さすが役者さん)
ちなみに娘のプレゼントとは、ちいかわなどキャラクターの絵を描き、その周りに、ポケットティッシュの袋の絵を切り取って糊で貼ったものです。
娘、使い終わったポケットティッシュの袋に描かれた絵を紙に貼り付けることに最近ハマってるんです。
世の中にはシールというものがあるのに、うっすいビニールを切って貼るんですよね。
少々貧乏くさい代物です。
それなのに、お二人は「めっちゃすごいじゃん」「うれしいー」などと今にも破れそうなビニールが貼り付けられた紙を喜んでくださいました。
あまりの奇天烈さに新しいアートだと思われたのかもしれません。
ピカソやバンクシーも子ども時代はこんなことをしていたにちがい……なわけないわ。
娘からのプレゼント、今回は松村さんが開封に困らないよう、包装せずにクリアファイルに入れておきました(前回の番外編をご参照ください)。
しかし、クリアファイル。
中身はすぐに見てもらえたのですが、大きかったようで、松村さんは、マネージャーらしき人に鞄に入れてもらうようにファイルを渡すと、その後、「大事に入れてね」「隅、折れないように。大切なんだから」と言っておられました。
こんなんいくらでも手に入ります。というか、誰もいらないものなんです。と言いたくなったわ。
時間ないですと言われる中、私も松村さんに何か言おうと勇気出したけど、「テレビでストーンズ見てるんですけど、松村さんがあんまり映らなくて、いつももっと見たいーって家族で言うてます」と劇的にしょうもないことしか言えへんかった。
そんな私の発言に、松村さんは、「ストーンズ見てくださってるって手紙でも書いてくださってましたね」とおっしゃってくださり、「玉子かけご飯ってあるじゃないですか。それの醤油って、ちょっとでいいですよね。それです。なーんて」と笑っておられました。
ここで、注目すべきは玉子かけご飯ではなく、手紙です。
私、前回撮影現場にお邪魔した後、関係者の皆様に手紙を書いたのですが、その一節に「ストーンズを見るようになりました」と書いたんです。
皆様あての手紙の中の一文。それを覚えてくださってることに驚きです。
そして、娘が「映画、高の原か、四条畷(しじょうなわて)で見ます」と言うのを、「高の原? そういう地名があるんだね」と答えてくれていました。
私なら、「富士山の頂上で映画見ます」とか言われても、「そっか。ありがとねー」って微笑んで終わるけど(私、芸能人ちゃうけどな)、松村さん、ちゃんと相手の言いたいことを確認されるんですよね。
しかもそれを覚えているという。
今回も娘のプレゼントを「大事なものボックスに入れとくね」と話されていましたが、松村さんご自身も、人の言葉や思いを決して流すことなく、ささやかなものでも握りしめることができる素敵な方なのだと思いました。
松村さんの顔があんなにきれいじゃなかったら、「玉子かけご飯って! でも、わかるで。醤油たった1滴でもすごい仕事するもんな」って、言えたのに。
いや、違う。本当に松村さんに伝えたかったのは、映画の山添君にびっくりしたことです。
私もパニック障害なので、わかるわかるって何度も言いそうになったこと。
あの少しずつよどみが消えてすっきりしていく山添君の表情に驚いたこと。
松村さんの声に心が穏やかになっていったこと。
そんなことなのに。
でも、松村さんがあんな顔をされてる限り、言える日は一生来ないわ。
もう少し顔崩してくれたらいいのになあ。
360度いい人とアルプス2万尺
上白石さんの藤沢さんは、もう一瞬一瞬の表情に胸が締め付けられたり、その声の抑揚や響きにほっとほどけさせられたり、ひきつけられっぱなしでした。
藤沢さんが上白石さんでうれしかったです。
そんな上白石さんは、3分くらいの隙間で、娘とアルプス一万尺をしてくれました。
いつ、なんのタイミングで始まったのか、二人で同時に初めて、しかも難しいほうの2万尺をしてました。
腕をくんだり、手を合わせてはしごみたいにする息を合わせないとできない手遊び。
それを、何の打ち合わせもなく、自然とできることに驚きです。
私、娘としょっちゅうやるけど、いつも間違った手を出してしまい、「ああ~」ってやり直すのに。
いろんな場でお話ししているのを拝見していても、上白石さん、人と息を合わすのが上手ですよね。
呼吸がどなたとでもぴったりで。
そして、360度いい人。
いい人過ぎて本当に心配です。
「かわりに試写会の挨拶、私が出て適当なこと話しとくから、少しだけでもそこで寝てて」って言いたくなりました。
客席から岩投げられるやろうけど、私、上白石さんのためなら耐えられます。
と楽しい時間を送っていて、恐ろしいことに気づきました。
三宅唱監督に何も用意していないことに。
娘は子どもなので、前に遊んでくれた、自分が名前と顔がわかる人だけにプレゼントを用意してしまったのです。
一言、三宅監督という人がこの映画を作ってくれて、その人がいないと始まらないんだよと言っておくべきでした。
でも、監督は「俺なんか、そんなもうもう」とにこにこ笑っておられました。
そうでした。監督が怖いのは顔だけで、そのほかは純粋な中学生のように素敵な人だったのでした。
しかし、なぜかこの日も黒いスーツに黒いインナーという恐ろしい格好をされていました。
「映画上映前に三宅監督によるラップバトル開催」とはどこにも書いてないのに、なぜこのお姿なのか。
監督は怖くないといけないものなのだろうか。
でも、スピルバーグ監督も山田洋二監督も、ここまで威圧感あるようには見えないよなあ。
それに、三宅監督、役者さんにもすごく親し気に接しておられ、監督の周りは常に明るい雰囲気でした。
少し前に映画に関する監督のコメントを拝読したのですが、私のほかの本まで読んでくださっていることがわかりました。
一つの作品を作るのに、私がどういう考えで小説を書いているのかにまで思いをはせてくださっていたなんてと、目を見張りました。
映画を見ていただければわかると思うのですが、作った方の懐の深さやとがってはない心地よい繊細さがそこにあるんですよね。
それらを作るのには、並大抵ではない過程があるはず。
それがあの怖い姿になって……って、監督のお姿には何も関係ありませんでした。
ただ、私も田舎者に間違われる格好のまま(間違われたんじゃなく事実か)、監督みたいに何歳になっても中学生のように笑いながら、その奥では、丁寧で繊細な光を包括しつつも、心地よく読める作品を紡いでいきたいです。
と監督にあこがれの気持ちを抱いたあと、ネットを見て驚愕。
監督、年下だったんですね。
それもかなりの。
そんな三宅監督が作られた映画「夜明けのすべて」。
希望や明日をきっと見せてくれる、どんな心にも寄り添ってくれる作品です。
ぜひご覧ください。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。