瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|第十五回 一人で&家族総出で
自分に勝つのは難しい
どの時間帯に執筆しているのかと聞かれることがあります。
それは、ずばり人がいない時です。
子どもの頃から人がいると集中できなくて、執筆は娘が学校に、夫が仕事に行っている間にやります。
執筆場所はダイニング。
私、部屋がなく、専用の机もなく、台所の真ん前で書いてるんです。
みんなが朝食を食べ終えた机で。
あ、目から何かが出そう......。
でも、だいたい家にいることができ、「いってらっしゃい」と「おかえり」が子どもに言える仕事ってありがたいです。
執筆という仕事を与えていただいていることは幸運ですし、読んでくださる皆様がいるからこそ続けていられると感謝です。
その反面、家での仕事の難点は二つ。
一つ目は自分に負けてしまうところ。
お菓子食べたい。昼寝したい。
家にいながらこの二大欲望をコントロールするのは至難の業です。
50歳にもなると、更年期のせいなのか、風邪気味なのか、単に何もしたくないのか、よくわからないだるい症状ってありますよね。(あれ? 私だけ?)
結局、「この眠さ、少し休んだほうがいいかもしれない」と考え、30分だけとベッドに入ったら、1時間以上たっていることもしばしば。
それで、やる気を出すために、「甘いものでも食べよう」と思ったら最後。
口が甘くなったわ。ピリっとするために辛い物食べるしかないな。次は頭リラックスさせるために糖分とらな。と繰り返し食べてるうちにお腹が膨れて、また眠気が襲ってくるんです。
自分に勝つのは難しい。って甘すぎでした。
5分ほど外に出て新鮮な空気を吸ったらやる気が出るので、ここぞという時はそうしてます。(そんな簡単にやる気が出るなら、いつもやればいいのか......。)
もう一つ家での仕事の難点は、仕事しているように見えないところ。
夫は普通の顔で、買い物メモに、「シャンプー」とか自分のいるものを書くんです。
は? 誰がいつ買いに行くってことなんやろう? 私が暇だとでもお思いなのかしら? と言いたいです。(すごい勢いで毎回、言うてますけど。)
そして、夫は普通の顔で会社から帰宅し、私が仕事の合間に汗水たらして手に入れたシャンプーで当然のごとく頭を洗い、のんきな顔で私の作った夕飯を食べます。(スーパーのお惣菜でもカップ麺でも喜ぶ夫。幸せな人でよかった。)
まあ、とにかく主婦ってたいへんですよね。
サイン本作成は家族の大仕事
執筆とは違い、家族総出で仕事をするときもあります。
サイン本作成です。
最近たくさんサイン本をご依頼していただけるようになり、(売れ残っているサイン本がおありのお近くの書店さん、言うてください! 店前で呼び込みして手売りします。余計売れへんかな?)1000冊のサイン本作成とかあるのですが、これ、家族でやります。
私がサインを書き、夫が落款(らっかん)を押し、娘が字やインクが移らないように紙をはさむという連係プレーです。
夫、根が真面目なので、全力でハンコ押すんです。
ずれてはいけない。かすれてはいけないと力いっぱいに。
そのせいで、50冊くらいハンコ押して、「手が痛い」と騒ぎ、「一休みするわ」と眠りだす始末。
連係プレー崩れまくり。
本当とぼけまくった人なんですが、見た目とのギャップがすごいんです。
以前、書店さんに夫とお邪魔した時、私の家族のことをつづったエッセイ『ファミリーデイズ』を読んでくださっている書店員さんがいて、「あ、もしかしたら、あの旦那さんですか?」と夫を見つけ、聞いてくださいました。
「そうです」 と答えると、「あれ、なんか印象違いますね」と書店員さん。
「そうなんです。でも、本のとおりで、本当に寝てばかりなんです」と私。
『ファミリーデイズ』には、おおらかでぼんやりしたよく寝る夫が書かれていて、実際に夫は寝てばかりでぼけぼけしているのですが、このような齟齬(そご)が生まれるのは夫の顔が原因なんです。
夫、顔が尋常なく濃いんです。
やる気に満ち溢れたでかい目をして、顔だけは朝から寝る直前まではりきっているんです。
胃に来るタイプの濃い顔をしておきつつ、中身はおかゆのようにふんわりしているというややこしい人物なのです。
そんな夫の意外な一面を今回発見しました。
このエッセイの上記部分、最初は「朝からかつ丼食べるみたいに胃に来るタイプの濃い顔」と描写していたところ、後で読んだ夫が「なんでかつ丼!? そんなん、かつ丼に悪いやん」と断固否定していました。
「じゃあ天丼にしとくわ」とかつ丼がそんなにも繊細なものだと知らなかった私は代案を出しましたが、「天丼もおいしいから、それもないわ」と夫は揚げ物たちを必死に守っていました。
普段はいつでもどこでも「へいへい」と気安く来てくれ、なんでもOKの夫の知られざる一面を見てしまいました。
人の顔を揚げ物、しかも丼になったものに例えるなんて、油にもお米にも失礼だったのかもしれません。
さて。今後もご迷惑を承知で、お店に濃い顔の夫と参ることがあると思います。
その節は皆さん、夫の顔に目や胃をやられないようにご注意のうえ、よろしくお願いいたします。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。