瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|第五回 アイラブ書店
一人でもこっそり書店さんへ
私、書店員さんに会うのが本当に好きなんです。
自分の小説を読んでくださっている方とお話をする機会ってなかなかないんですよね。
しかも、それを大事に売ってくださっている書店員さんとお話しできるって幸せです。
そして、書店員さんって話題が豊富でやっぱり楽しい。
もちろん、普段ママ友と、「次、結婚するなら斎藤工か向井理か」と話しているときも笑えるし、「旦那の食器洗浄機への食器の入れ方が悪すぎる」と愚痴っているときもすっきりするし、「あ、さっきの結婚相手のやつ、やっぱり西島秀俊も入れとこう」と真剣に考えているときも楽しいです。
教員をやめ、娘の友達のお母さんが頻繁に会える友人となり、自分とは年齢も考え方も異なる人と話せるのは、世界が広がるようで、興味津々でおもしろいです。
ただ、職場にいた時と違い、仕事の話を全然しなくなっていることに、書店さんを回って気づきました。
普段は生まれ変わったら誰と結婚しようかと考えてばかりですが、書店員さんと話した後は、突如執筆意欲がわきます。
仕事にかかわることを話せるって実は貴重で大事なことだったんですね。
そんなこんなで、実は一人でもこっそり思い立ったら書店さんに行く、超迷惑な私です。
ある関西の書店さんに、一度カルカン先輩と訪れた1週間後くらいに一人で行ったことがありました。
前回に対応してくださった書店員のNさんを見つけ、「こんにちは、瀬尾です」と挨拶をすると、Nさんは「は?」と鋭い視線に。
そして、「どちらの?」と厳しい声。
あ、そうだ。
一人できたら、ただのおばさんなんや私。
カルカン先輩がいないと小汚い中年女性でしかないんやと焦りつつ、「えっと、本とか書いていて、その瀬尾まいこっていうんですけど。あの、先日カルカン先輩とまいりまして」とぐだぐだの説明をし、なんとかわかってもらえました。
ちなみにNさんは私の本をたくさん読んでくださっている方で、「うわー。しつこいクレーマーかと思いました」と言った後、「次は私が先に見つけますから、絶対声かけないでください! 私から瀬尾さんに声をかけますね。私、見つける自信あるんで、店来たら、その辺いててください」と言ってくださいました。
ありがとう。
でも、ちょっと待って。
おばさんと思われるのはしかたないけど、クレーマー?
私、名前言っただけですよね。
しかもびくびくしてたのに。
こんな気弱やのに、図々しく見えているなんてショックやわ。
その後、私はクレーマーの濡れ衣を乗り越え、そのお店に何度か行って、いつ声をかけてくれるかなとうろついてみてるんです(一つも気弱ちゃうかった。メンタル強いわ)。
それが、何年経っても、一向に誰にも声をかけられることはありません。
先日ついに思い切って、スタッフの方に聞いてみたところ、Nさんは残念ながら退職されているとのこと。
Nさーん。
やめる時、教えてー。
いらっしゃらないのを知らずに店内で待ち続けていたって、私、忠犬ハチ公じゃないですか。
そんないいものちがうか。
店内うろうろし続けて、そのうち、本当にクレーマーのおばさん扱いされるところやったわ。
でも、もう一度、Nさんに会いたかったなー。
本当に見つけて声かけてほしかった。
「愛って何なのか」
一人で行った書店さんはたくさんあるのですが、地元奈良の書店さんに行った時もおもしろいことがありました。
この時は出版社さんが訪れる書店さんに連絡をしてくださったうえで、一人でお邪魔しました。
2つ系列の書店さんがあって、一つの書店さんに行った後、「今から奈良店のほうに行くんです」とお伝えしたら、そこのスタッフさんが、「それなら連絡しときますね! 奈良店、瀬尾さんにサプライズ用意するってはりきってましたから」と言ってくださるではないですか。
お心遣いありがとうございます。
……って、今なんて? サプライズを用意?
私聞こえてしまったんですけど。
とあたふたしていると、「みんなで用意してるらしいですわ。瀬尾さん来るからサプライズって」と念押ししてくださるスタッフさん。
えっと、私とスタッフさんのサプライズの意味の解釈、一緒でしょうか。
演技力があるのかないのか今まで試すことがなかったけど、自然に驚けるだろうかと、その店に行く間、汗が止まりませんでした。
おそるおそる、奈良の書店さんまで行くと、「歓迎瀬尾まいこ先生」と書かれた垂れ幕が入口に。
これがサプライズだと認識した私は、必死で「えー!! こんな垂れ幕が! すごい!!」と言い、入店しました。
店長さんも「驚いたでしょう」とほくほく顔。
ナチュラルな演技ができたようでした。
そういえば、私、幼稚園の時、白雪姫の主役やったことあったわ。
私以外に白雪姫役8人いて、セリフ一言だけでしたけどね。
そのお店では店の真ん中に机を用意してくださり、瀬尾まいこさんサイン中と書かれた札の前でサイン本を作らせていただきました。
もちろん、お客さんに「あ、瀬尾さん」と声かけられることは一切なく、「あのおばさん、店の真ん中で何してはるんやろう」とただの見世物状態でしたけど。
あ、これがサプライズだったのかも。
垂れ幕には驚かなかったのですが、サインをしている私の横で、ずっと店長が「奥さんが最近冷たくて」「愛って何なんでしょうね」と話されていることは、サプライズでした。
「愛って何なのか」
書店員さんと話すのは楽しいけど、初対面の方とサインをしつつ語る内容としてはハードル高すぎるわ。
でも、とても楽しいお店で、後日、ありがたいことに、サイン会も開いてもらえました。
サプライズで、今回またもやカルカン先輩を思い出しました。
(どれだけ恨みあるんだろうって思わないでください。違うんです。私、カルカン先輩のこと、敬愛してやまないんです。おそらく、たぶん、きっと)
本屋大賞受賞直後、大阪郊外の書店さんが『そして、バトンは渡された』の表紙の女の子のお面を作って迎えようとしてくださったことがありました。
その時は、カルカン先輩とは違う営業さんと回ったのですが、カルカン先輩が営業の方に時間を間違えて伝えていて、書店に早く到着してしまい、せっかくのサプライズが不発になるという大惨事がありました。
「カルカンさんらしいわ」とスタッフさんは笑ってくださってましたが、私は「横浜観光つぶしの次はサプライズつぶしか」と度肝を抜かれそうになりました。
でも、その時使用される予定だったお面をいただき、娘にお面をかぶせて、そのお店に再度お邪魔することができました。
あ! もしかしてカルカン先輩、書店さんと私との関係が長く続くよう、再び訪れる機会をもたらすために、わざと間違えた時間を……。
なんと敏腕。やっぱり恐るべき先輩です。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。