瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|最終回 どんなときでも書店にどうぞ
あいつとコーヒー
2023年の夏前、私は頭を抱えていた。
目の前にあるのは今まで扱ったことのない難題だ。
「何から手を付ければいいんだ」
そうつぶやきながら、どう見ても子どもにしか見えない秘書が淹れてくれたブラックコーヒーを一口飲み、ひらめいた。
「あいつを巻き込もう」と。
やつならきっとこの話に乗ってくるはずだ。
そう思い立ったとたん、現金なもので、苦悩は高揚へと変貌していた。
皆さんこんにちは。
最終回にして、いきなりの路線変更。
いったいどうしたんだ。と驚かれたことでしょう。
まあ、落ち着いて。まずは座ってください。(あ、誰も立ってません? むしろ寝て読まれてました? 起こしてすみません。)
上記の文章、嘘が1つあります。(え、1つしかないの? 全部嘘かと思ったわ。)
「ブラックコーヒー」です。
私、コーヒーそのまま飲めないんです。
かわい子ぶってると思われたら嫌なんですけど、パニック障害なので、カフェインなしのコーヒーに牛乳を入れたカフェオレしか飲めないんですよねって、心配無用でした。
先日、ネットで40代のおっさんが「四十を過ぎて、コーヒーが飲めるようになりました。ブラックでとはまだ言えない」と、まるで可愛いアイドルみたいにつぶやいているのを発見しました。
で、この40代のおっさんが巻き込まれる人物なんですけど。
あ、話が散らかってますね。
整理します。
ここ2年くらいでしょうか。
書店さんが閉店されるというニュースが多くなりました。
書店さんをよく調べているせいか、私のパソコンのネットニュースでは度々「~書店閉店」のニュースが上がってきます。
中には「あんな流行っているのに?」と驚く書店さんや、お世話になった書店さんの名前もありました。
それだけでなく、「いつも感想をくださる書店員さん、今回の本はなんでくれてないんだろう」と、ネットで調べると(え? 感想を書かないと調べられるの? はい。そうです。それが作家の仕事の8割と言うのは過言でしかありません)、閉店されていたりで、実際は知っている以上の書店さんが苦境に立たされているのだと思います。
書店さんを回らせていただくたびに思い知るのは、書店員の方々がものすごい勢いで本に愛情を注いでくださっていることです。
だからこそ、今度は私が書店さんに何かしたいと思っていたんです。
それなのに、何かしたいなどと言っている場合じゃないことになっているのが現状です。
でも、この手の問題ってなにをどうしたらいいのかわかりませんよね。
内閣総理大臣になるのが手っ取り早そうですけど、私、喪服しかスーツを持っていないので断念しました。
「なんでもやります。何かやりましょう」と書店さんで言わせてもらうことも多いのですが、私では出来ることも限りがあり……。(私が有村架純だったらもっとお役に立てただろうと何度思ったことか。というか有村架純だったら、まず人生変わってただろうなー。濃い顔の旦那じゃなく、もっとカッコいい男性に言い寄られて、ほんでほんで、……あ、妄想はひとまず措いておきます。)
そこで、もっと具体的に何かしないとと、40代で初めてコーヒーを飲んだ人物(40代で初めてコーヒーを飲むのはええんよ。それをつぶやくのが怖いんよ。こう見えて可愛いでしょ? ぼく。というあざとさが透けて見えるのよねー)に相談しました。
するとダジャレ社長は(え? 「ブラックコーヒーはまだ飲めないの。テヘ」のおっさんって水鈴社の社長? そうなんです。ああいうことを堂々とつぶやける人が社長になれるんですね)、「書店さんのためにも読者の方のためにも一番いいのは素晴らしい作品を書くことです。それ以上はありません」とおっしゃいました。
私が、「あ、そういうのちゃう。具体的に何かしたいねん」と反論すると、ダジャレ社長はしばらく考えた後、「確かに。何かやりましょう」と言ってくださいました。
そこから、私が思いつきを発する。社長が「瀬尾さん、落ち着いてください」と代案を出してくださる。それを二人でやり取りしながら形にしていこうとする日々が始まりました。
調べてもらってもいいですが(だれが何の目的で調べんねん。みんな忙しいねん)、2023年の夏前から今日まで(今日がいつだってOK)ほぼ毎日ダジャレ社長と私はLINEでやり取りをしています。
万が一ダジャレ社長ファンの方がいたら、すみません。
社長は私にぞっこんですが、私は結婚してるのでご安心を。(これ、ぞっこんと結婚をかけたおもしろいダジャレです。BYダジャレ社長風。ダジャレって説明した時点で終わりよなといつも社長に感じております。)
私の思いが形になるとき
社長と私のLINEはいつもだいたいこんな感じです。
社長 おはヨーグルト
私 すごくおもしろいですね。ところで、〇〇書店さんで△をしてみようと思うんですけどいかがですか。
社長 一つの書店さんだけでそういうことをするのは内村航平、いや、不公平になります。それは全書店でするべきことです。
私 そっかー。じゃあ、■ならしてもいいでしょうか。
社長 いいと思います。■を〇〇という風にやれば、さらにしゃぶしゃぶになると思います。あ、ステーキ(素敵)です。
私 なるほど。いいアイデアです!!
こんな具合に毎回ダジャレが挟まれる返信にイラつきながら、社長に軌道修正してもらっては、何かをしていく日々は楽しくてしかたありませんでした。
私が教員だった時、同僚に、「瀬尾ティー(これ、教員あるあるだと思うんですけど、同僚同士、名前にTeacherのTをつけて、タナカッティとかって呼びあいません?)って、歩きながら考えてそのままやるよな」と言われたことを思い出しました。
私は熟考が苦手でして、「あ! これやってみよう」と思ったら、次には教室でやってるんですよね。
中学生相手だと、「うわー失敗やな。ごめんごめん」で済んだり、生徒と試行錯誤ができて好転したりする場合もあります。(学校はいくらでも失敗していい場所です。そのための場所でもある。これを読んでくださっている中に小中高生の人がいたら、なかなか難しいけど、失敗しても大丈夫なんだなと少しでも思ってもらえたらうれしいです。)
だけど、世の中はなかなかそうはいきません。
社長が止めてくれたり、改案を出してくれたりしてよかったとしか思えない私の奇天烈な発想は山ほどあります。
最初は「書店さんに何かできないか」と深刻なトーンから始まった取り組みでしたが、社長と「あれどう?」「これどう?」と進めていくうちに、中学生を前にした時のあのわくわく感がよみがえり、いつしか胸が弾んでいました。
このエッセイもその一環なのですが、これ、実は本になります。
もちろん、エッセイ自体はnoteで読めてしまっているので、本には短編小説も入りますし、皆様の希望が1万通を超えれば、私のオフショットも入れます。(すみません。水着は事務所NGでって世の中がNGやわ。というか、オフショット自体全国民がNGや。)
そして、「そんなときは書店にどうぞ」は書店さんファーストの新たな販売法を考えています。(私じゃなくて社長が。)
そのために、何度いろんな人と話をし、何度打ち合わせを重ねたことでしょう。(私じゃなくて社長が。)
私、人に媚びることが嫌いなのに、いつも社長は私に、「水鈴社を必要以上に持ち上げるのはやめてください。瀬尾さんはいつも毅然とするべきです」とおっしゃいます。
でも、好きなことを好きだと言ったり、感謝の気持ちを述べたりすることは、お世辞や媚ではないと私は思っています。
だから、一言だけ言わせてください。
水鈴社さん、いつもダジャレをありがとうございました。
心底つまらなくて、うまく笑えなくてごめんなさい。
あ、こっちじゃなかった。
私のやりたいことを、形にしようと動いてくださることに心の底から感謝しています。
去年、今年の日々は、書店さんと水鈴社さんがいなくては、なかったものだと思います。
そして、今からやろうとしていることも、水鈴社さんでないと不可能だったことです。
私の希望を形にしてくださる出版社さんだと思っています。
本当にありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いします。
そう。どんなときでもーー
この1年間、私が訪れて楽しかった場所1位は書店さんです。
嫌な顔せず(帰ってからはしてたやろうけどな)、いろんなことをさせてくださった書店さん、ありがとうございます。
「こんな時間が続けばいいな」と何度も思いました。
そして、まだまだこれから、何回だって書店さんに行くつもりです。
私と水鈴社さんのやりたいことはこれからが本番なので、がっつり行かせていただきます。(あ……休業日のふりするのやめてもらっていいですか?)
そして、お客さんとして訪れる書店さんも同じように楽しいのです。
あちこちに工夫が凝らしてある店内を歩くのは、ちょっとしたテーマパークと同じうきうきとわくわくが詰まっています。
皆さんが書店に行かれることこそが、書店さんが続いていくことにつながります。
つまらない時、誰かに会いたくなった時、ちょっと寂しい時、いえ、普通の日常の時こそ。
そう。
どんなときでも書店にどうぞ。
追伸:
社長が「書店さんのためにも読者の方のためにも一番いいのは素晴らしい作品を書くことです。それ以上はありません」とおっしゃった言葉を、流したわけではありません。
今、現在の私を作っているすべてのものを詰めた小説を書いています。
誰かの心の奥に触れられる作品にできるよう、少しでも早くお届けできるよう努めたいと思います。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。