瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|番外編 ついに対談の日、来たる
わからないと言えるって素敵
映画「夜明けのすべて」が公開になると同時に、出演者の方や監督のインタビュー記事がたくさん出ていて、私もいくつか読みました。
そして、読んでいるうちに、映画はさておき、三宅監督自身に興味が出てきた私は「夜明けのすべて」以外の監督のインタビューも新旧問わず読み始めました。
監督、最初はサッカー選手になりたくて、小学生時代、一瞬宇宙飛行士にもなりたかったそうなんです。
(だからあのプラネタリウムのシーン、あんなに素敵だったのか!)
現在のお姿から、想像できませんよね。
そして、ご自身のこと「つまらない優等生なんです」と語られていた記事もありました。
私が「有村架純です」と真顔で言うのと同じくらいの衝撃。
中でも、いいなと思ったのは、「わからないことがたくさんある。でも、わからないことはわからないって言うようにしてます」というようなことを話されていたことです。
大人になって、しかも、偉い感じの立場になると、無知を隠そうとしがちですよね。
それをわからないと言えるって素敵なことです。
ちょっと聞きかじっただけで自分の知識にしたり、ネットでサクっと調べてわかった気になるのとは違って、「~については知らなかったのでいろんな場所に聞きに行きました」という話を三宅監督はよくされていました。
遠方まで足を運ばれ話を聞きにいかれたり、会社見学をされたりしていて、たいへんなんだろうけど、その作業を楽しんでやっておられる感じで、だからこそ私たちのいる現実世界とつながった作品ができるんだなと思いました。
インタビュー記事を読み漁った私は、「三宅監督のことめっちゃ知ってます。もし、今、三宅監督クイズ大会があったら、優勝できそうな気がします」と水鈴社のダジャレ社長に報告しました。
すると、「監督とタイマン、いや、対談しませんか?」とお話が。
その時のLINEのやり取り。
「するするする」(私)
「新宿バルト9です。バトルじゃありませんよ。瀬尾さんはリモートで」(社長)
「わかりました」(私)
「新宿を血の海にしましょう!」(社長)
「わかりました。リモートですがやってみます」(私)
「それを200名ほどのお客さんが見るんですけどね」(社長)
「え? 対談を人が見る……? どういうことでしょうか」(私)
*実際のやり取りは、社長のダジャレがあまりに意味不明でつまらないものが多かったため、私のほうでわかりやすく書き換えました。
そんなこんなで、対談かと思いきや、皆様にも見られてしまうトークショーが決まりました。
そして、開催前、恐ろしいことに、水鈴社さんの中の人が「瀬尾さん&三宅監督の爆笑トーク」とXで宣伝を。
社長がダジャレを連発される会社では、どんなことでも笑いなのだという精神なんですね。
山添君と藤沢さんにまた会いに映画館へ
3月7日までの間に、私、「夜明けのすべて」を3回も見に行ってたんです。
対談のためじゃなく、映画を見終わってしばらくすると、山添君と藤沢さんにまた会いに行きたくなってしまうんですよね。
見れば見るほど、「ここにも。あっちにも」とちりばめられた光に気づく映画です。
ちなみに、夫も3回見に行ってました。
1回目は一緒に行ったのですが、最初から最後まで泣いていて、終了後、「どうしたん?」と聞いたら、「闇と光が交互に出てきて、そのどちらもが胸に来て」となんかいいことを言ってる風の感想を述べていました。
そして、驚いたことに、その1週間後の土曜日、娘と私を置いて一人早起きをし(近くに映画館がないんです)「なんか前泣いてて見えてへん文字あったから、もう1回行く」と映画を見に行ってました。
字幕じゃなかったけどな。
そして、帰ってきてまた映画のことを語ってました。
「プラネタリウムのシーンがすごくいいねんなあ」と何回も言うてたけど、それ原作にない話やから。
でも、私もプラネタリウムの場面、本当に好きなんですよね。
とにかく、普段、映画どころか、本も漫画もドラマも見ず、休みの日は草野球をするか寝ている夫が、映画を3回も見る。
これは驚異です。
新しい明日がちゃんとくる
いざ3月7日当日。
まずは最初に、リモートがうまくできるか、テストをしてくださったのですが、私の顔だけがスクリーンにどでかく映し出されているのが見えて、笑ってしまいました。
すごい不謹慎なのですが、大画面に映し出された私を客席の方が見守るって、偲ぶ会みたいでこらえきれませんでした。
これは、水鈴社さんが本気で爆笑トークショーにするため仕込んだのかもしれません。
そして、本番。
監督が最初にボロボロになった(乱暴に扱ったんじゃなく、たぶん読み込まれたんだと思います)単行本のページを開け、読んでくださったのがとてもうれしかったです。
その後、私に話が振られたのですが、監督に言いたいことがありすぎて、3回も見たことを自慢し、好きな場面とかを勝手に語りだしてしまいました。
「この人、質問聞いてないやん」って、会場シーンとなっていたやろうな。
私のパソコンのZoom画面では、静まり返った客席の様子が映し出されていて、ひやひやでした。
その後、会場の皆様の質問コーナーがあったのですが、皆さん「5回見ました」とか「6回見ました」とかおっしゃっていて、3回の私、最下位でした。
3回見たことを得意げに語っていたなんて、もう穴ほりだしたくなりました。
皆さん、そんなにたくさん見てくださってたんですね。すごいです。
記憶をたどって書いているので、正確な文言じゃないですけど、自死の場面についての質問に、監督が、「この映画に出てくる二人もPMSであったり、パニック障害だったりで、何もしなかったら死んじゃっていたかもしれない。それを無視はできない」というようなお答えをされていたのが印象的でした。
現実世界には、あらゆる症状やつらさを抱える人がいて、何もしないままでいたら、悲しい決断をする人がいるんですよね。
でも、「何もしなかったら」という言葉には希望があると思います。
人の人生に他人がどこまで入れるかはわからないですが、映画や本、音楽や絵。そういったものが救いになる瞬間を差し出すことができるのであれば、どんなにいいだろうと願わずにはいられません。
もちろん、周りに差し伸べられている手があることを知ってもらえる機会になれば、さらにうれしいことです。
映画でも小説でも、好みや相性があるので、「これ見れば元気になるよ」なんてことは言えません。
でも、映画「夜明けのすべて」を見て、私は新しい明日がちゃんとくるということが疑いようもない明確な事実なのだと知り、希望を持てました。
監督と話せて、映画を見てくださった方の反応も直接見られて、トークショー楽しかったと、終了後ほっとお茶を飲んでいたら、ダジャレ社長から「今から監督と飲みに行きまーす」とLINEがきました。
すごくないですか? 私が監督と話したいと言ったのをトークショーにすり替え、自分はがっつり飲みに行くという。
でも、監督がゴーヤジュースがお好きだというマル秘情報を教えてくださったので良しとしておきます。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。