瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|第十回 もしも私が泳げていたら
小さな秘書さん
文庫『夜明けのすべて』のPOPをもって伺う書店巡りも、数回目になりました。
このころから、一緒に行く時には、娘は書店さんに「私は秘書です。あ、こちらが水鈴社の営業で社員の瀬尾さんです」と私を紹介するようになりました。
私、有能なんか、下っ端なんかようわからん立場やな。
娘、写真が好きで、書店員さんとの写真に入りたがるんですよね。(被害に遭われた書店員さん、すみません)
「え、なんであんたまで写るん?」と言うことなく、皆さん「いいよ、一緒に撮ろう!」と温かく迎えてくださったので、娘もますます秘書気分ではりきってました。
それだけでなく、娘にプレゼントを用意してくださったり、すぐに名前を覚えて親しげに相手をしてくださった書店員さん、お心遣い感謝です。
なぜ娘が秘書となったかなのですが、水鈴社のダジャレ社長がうちの娘を、「秘書、秘書」と呼んでくださるんです。
まじめな(幼いだけの)娘は、それを信じ、自分を秘書だと思い込んでいる次第です。
さて。
大阪の中心地梅田は、ダジャレ社長と一緒に書店巡りをしました。
ダジャレを聞かないといけないというデメリットを差し引いても(梅田に古書のまちという場所があるんですが、その短い通りを歩いている間だけで「こしょこしょ。内緒話ですね」「はっくしょん。こしょうがふってきました」とおっしゃっていました。もちろん、適切な距離を取り他人のふりをしましたが、静まり返った古書のまちは地獄絵図のようでした)社長がいると、「あの、すみません、瀬尾というもので」「どちらの?」「その、本とか書いてて」という気まずいやり取りをしなくていいのがいいですよね。
梅田は以前に何度か伺った書店さんが多く、何百冊もサイン本を作らせてくださる書店さんや(心配で、売れるんですか? とお聞きしたら、売れるんじゃないんです。売るんですと言ってくださいました。かっこいー)、館内放送を録音させてくださる書店さんなど、どこでも温かく迎えてくださり、楽しい時間を過ごせました。
そのセリフ、私にも言って
途中、ダジャレ社長が、娘が大好きなちいかわのグッズを買ってあげようと、ちいかわショップに連れて行ってもくれました。
ここで、ドラマ、いや、アメリカの映画でしか聞いたことがないセリフが!(おぞましいダジャレは出てこないので、ご安心して読み進めてください)
「好きなものを好きなだけ買っていいよ」と社長。
えええ?! そんなセリフ、現実世界の人間が言う?
娘は、「好きなだけって何個ですか?」と聞いてました。
普通そうなるよな。
それでも、社長は、「好きなだけって好きなだけだよ。何個でもいいんだよ」と笑っていました。
夢のようなそのセリフ、デパート、いや、近所の激安スーパーでいいから私にも言ってほしいわ。
1ヶ月分の食糧買い込むのに。
「いっそのこと端から端まで全部かごに入れてやれ」と念じている私の横で、遠慮がちにそれでもちゃっかりと娘はたくさんのちいかわグッズを買っていただきました。
郊外の書店巡りは時間との戦い
そして、別日、今回は秘書(娘)とでなく、運転手(夫)と二人で大阪郊外のお店に伺うことに。
最初に、一緒に本屋大賞の企画でお弁当を食べた樟葉(くずは)の書店さんに。
懐かしい方々に会えてうれしかったです。
お子様が大きくなられ一人暮らしをはじめられた話や、最近のお店の状況や、お弁当の時の思い出話に花が咲き、親しい人に再会できたような喜びがありました。
あと、本当にここのお店のPOPは芸術作品なので、一度皆さんにも見てもらいたい!
その後、枚方、高槻、大日(だいにち)、四条畷(しじょうなわて)と向かったのですが、これ、関西の方にはわかると思うんですけど、近くに見えて遠いんですよ。
そう。その真ん中に大きな川があるんです。
しかも、いつも勝手きままに書店さんに行っていたのに、なぜかこの日に限って、私が行くことを各書店さんに出版社さんがお伝えくださってて(それが普通なんですね。いつも急にすみません)、もう途中から時間に遅れ慌てふためくことに。
車では遠回りだ。
これは川を泳いで渡るしかない。
と思いましたが、私、大人になってから2年間水泳教室に通ったんですけど、未だ25メートル泳げないことを思い出し断念しました。
(息継ぎのやり方、2年習ったけどマスターできなかったわ。あれ、どうやってやるんやろう)
まず寒かったし、川入ったら凍ってました。
結局「すみません、遅れます」と電話を入れながら、書店さんに向かいました。
ご迷惑をおかけした皆様、本当にすみませんでした。
それでも笑顔で迎えてくださってうれしかったです。
最後のお店についたときには、9時近くになってしまいました。
そこの書店さんに行くのは、この日が2回目だったのですが、これはさすがに遅れすぎでした。
そのせいなのでしょうか。
その某書店の店長さんが、「瀬尾さんもよく来てくださいますけど、ある作家の方は、今年だけでもう3回もこの店に来てくださってるんですよね」と意味不明のあおりを。
え? それ、なに?
お前負けてるで。ということでしょうか。
この書店訪れたら、なんかのポイント貯まるんでしょうか?
大人の私はそんなあおりに乗ることなく、約2週間後にその書店さんを訪れました。(早速!!)
これで1位タイです。
あと1回訪れたら、今年度のチャンピオンになれますよね。
K店長。近々訪問しますんで、よろしくお願いします。
副賞何だろう。とりあえず、大きいエコバッグ持っていきますね。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。