瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|番外編 映画「夜明けのすべて」撮影見学記
上白石萌音さんと石ころと
2022年の12月、映画「夜明けのすべて」のロケ現場に当時小学3年生だった娘と見学に行きました。
撮影しているところなどそうそう見られるものじゃないとわくわくする反面、現場なんか行ったら、「おいおい、ド素人うろうろさせんなよ」「誰だよ。こんな田舎者の親子連れてきたやつ」と怒号が飛ぶ姿も想像していました。
プロが集まる場所って、ただならぬ緊張感ある気がしますよね。
そして、三宅唱監督。
お会いする前に、お姿をお写真で拝見したのですが怖かったんです(いい意味で)。
やっぱり映画作るようなクリエイティブな人は、厳しいんだろうなと思っておりました。
さて、当日。
敏腕編集者Sさん引率のもと、ドキドキしながら娘と現場に向かいました。
(恐ろしいことに、Sさんは現場に着くまでの電車の中、ずっと駅名でダジャレをおっしゃってました。すべての駅でです)
ダジャレを乗り越え、現場に着くと上白石萌音さんが!
当然かわいいのですが、本当に自然で、一切の緊張を周りにしいない人で、なぜかいらっしゃるだけでほっとしました。
上白石さんはお土産まで下さって、娘に手紙も書いてくださって、最後にはずっと娘と石ころで遊んでくださいました。
ひたすら石を並べるという遊び。
私だったら付き合わないところですが、上白石さん、本気で楽しそうににこにこ遊んでくださってるんですよね。
器が大きくてすっとその中に入れてくださる感じの人で、遠慮を知らない娘はずかずかと上白石さんの中に入り込んでました。
いまだに、娘の会いたい有名人1位は上白石さんです。
「もう会ったやん」言うても、「萌音ちゃんなの」言うてるので、もしかしたら親友と勘違いしてる恐れありです。
すみません。
松村北斗さんの大事なものボックス
そして、ストーンズの(最初シックストーンズと思ってました。トーンズの前のシックスが見えてるの、私だけでしょうか? 何の現象?)松村北斗さん。
彫刻みたいにきれいでした。
松村さんは、まず、「お名前教えてもらっていい?」と娘に聞いてくださり、名前を聞いた後は「~ちゃんと呼んでもいいかな」と確認を。
な、なんて丁寧な。
私の呼び方も決めてもらってもよかったんですけど。って、名前すら聞かれてないわ。
娘は折り紙で作ったプレゼントを包装して持って行ってお渡ししたのですが、松村さんすぐに「開けていい?」と聞いてくださいました。
そして、開けようとされたんですが、包装のシールがうまく外れず、かなり焦られていて……。
小心者で子どもがいる私には、子どもの前で中を一緒に見てあげたい。でも、せっかく貼ってあるシールを破っちゃいけないという気持ちよくわかります。
でも、松村さんは有名人やし男前やしそんなこと気にしなくていいのに。
偉そうに、「サンキュー」言うて、その辺ほっておいていいんやで。
もしくは大胆にビリって開けていいんやで。
と松村さんの開封姿を見守りました。
結局、必死で爪でシールをはがそうとされたもののうまくいかず、「家に帰ってから大事なものボックスに入れるね」とおっしゃいました。
松村さん、どんな相手にも敬意があって、誰であっても傷つけたくないという公平で真摯な方なんだなと思いました。
その後、撮影現場を見学させていただきました。
本当に会社が作られていて、休憩室とか倉庫もあるんです。
小説の世界がそのまま出てきたみたい。
映画ってすごいなーと娘と現場をうろうろしました。
そして、建物だけでなく、出演者の方やスタッフの方も、小説の中から出てきたような温かな方々ばかりなんです。
「こっちにおもしろいものあるよー」「これ、見てごらん」といろんな方が声をかけてくださいました。
光石研さんが「おもちゃあるよ。もらった?」と娘に声かけてくださったり、久保田磨希さんは「夜明けのすべての本買ったのよ」言うてくれたりしました。
もうドキドキしすぎて、倒れそうでしたが、こんな会社が現実にあったらなと思いました。
お昼になり、さすがにそろそろお暇(いとま)しないとと思っていたら、松村さんが用意されたというおしゃれなケータリングのお昼ごはんが。
そしたら、超空気読めない娘が、「お腹すいた」と一番前に並んでました。
お昼ごはん、外で上白石さんと一緒に食べました。
上白石さん、いい人過ぎて心配になるくらい。
時々、壁殴ったり「やってらんねー」とかつぶやいたりしてください。
途中、松村さんが、「どれがおいしかった?」と娘に聞いてくださいました。
全部だと言え。
もしくは、なんかメインぽかったやつの名前言えと念じていたら、娘は「納豆」と答えてました。
どこのスーパーにでもある納豆でも松村さんが用意するとやっぱりコクが出ておいしいですよね。
最後まで夢中で見た試写
その後、試写で、三宅監督にお会いできました。
もちろんロケ現場にもいらっしゃったんですけど、その時は怖くて挨拶しかできなかったんです。(画像検索してみてください)
試写後お話しできたのですが、「あの場面は~」「このセリフが~」などと話してくださる姿は、うきうきとわくわくが詰まった無邪気な中学生みたいでした。
(私、中学生が大好きなのです。中学時代のあの揺れ動きまくる感情って、大人になるにつれ少しずつ削られていきますが、監督はそのまま大きくなったような人でした)
こんな楽しくて純粋な人なのに、なんで怖そうな見た目にしてはるんやろう。
近々喧嘩する予定ありはるんかな。
映画はとても優しいものでした。大げさな場面が一つもなくて、無理やり泣かせよう、笑わせよう、としていない、丁寧な作品でした。
私、映画の登場人物と同じく、パニック障害なので、試写でも一番後ろの出口前の席を陣取り、いつでも抜け出せるようにしていたのですが、最後まで夢中で見てました。
心をそっと包んでくれる作品は、安心感さえ与えてもらえるようでした。
映画は、原作と変わってる部分も結構あるんですが、「これ、違う」という気が一つもしなかったんですよね。
きっともう少しページ数があったのなら、私も書いていたかもしれないようなストーリーで(うそや。こんないい話、私には書かれへんわ)、エンタメにするために作られたものではなく、主人公の二人をより深く知るために、より光を身近に引き寄せるためにある場面のようで、見ていて原作が出来上がった時以上に胸が温まりました。
映画は2月から公開です。
優しい方々によって作られた、手の届く距離にある光がちりばめられた素敵な作品です。
どんな状態にある心にもきっと灯りをともしてくれる作品です。
ぜひごらんください。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。