瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|第十六回 すべての世代は
聞くべきは金髪の先輩の話
インターネットが普及した昨今(っていつの時代の書き出し?)、読者の方のご感想を見られる場がいくつもあり楽しいです。
あちこちのレビューが載っているサイトを盗み見ては、歓喜したりうなだれたりを繰り返しております。
「駄作中の駄作! しょうもない!」とお怒りの方も多いのですが、お金とお時間をいただいてるから、もうすみませんとしか言いようがないです。
そんなこんなでどんなご意見も一理あるよなと思うのですが、ただ1点だけ、納得がいかないことが……。
それは、10年くらい前に書いた中学生が駅伝大会に出る物語、『あと少し、もう少し』に寄せられる、「こんなできた中学生いるわけがない」「本当の中学生はもっと子どもだし、全然違う」というご意見です。
これにだけは反論させてください。
だって、この小説、8割実話なんです。
実話どころか、実際はもっとドラマチックで、そのまま書くとザ・青春ドラマになってしまうと控えめにしたくらいです。
中学教員時代、私、走れもしないのに陸上部の顧問になり、そのまま駅伝の担当をしていた時期がありました。
何年間か陸上部をもっていたので、その間に起きたいろんな出来事を1年の話にまとめてはいますが、読んだ同僚の先生が「これ、エッセイ?」と勘違いしたくらいの実話ぶりです。
小説の中で、大田君というヤンキーが駅伝に出ることになり、坊主にして走る場面があるのですが、出来すぎっぽいこの部分も実話です。
しかも、現実の学校では大田君が駅伝メンバーからはみ出しそうになった時期があり、クラスのみんなが心配して「なんかしな!」とこっそり練習した歌を歌って盛り上げたり、寄せ書きをプレゼントしたり、中学生たち、動きまくっておりました。
ちなみに大田君は卒業後、私が担任した次のクラスで体育祭練習に参加しないと言い出す生徒を説得してくれ、ついでに全校生徒を前に「社会に出たらもっと大変や。中学時代は恵まれてるねんで。やらんでどうする」みたいな講演をしてくれました。
いやあ、金髪の先輩の話って、中学生よく聞きますよね。私もいざって時は金髪にしないとな。
映画好きが見る映画!?と正面から向き合う
中学生と聞くと、どこかスイッチが入ってしまう私に、先日、ダジャレ社長が「ワイルドツアー」という三宅監督が中高生と作られた映画を送ってくださいました。
三宅監督について書いてばかりだと、「この人、監督の映画でいつか主演しようとたくらんでるな」と思われそうなので、悪口をこっそり言っておくと(あの顔の人に悪口を言うんです。命がけです)、映画を見だした最初はなかなかエンジンがかからなかったんです。
始まって3分くらい話が難しくて。「これは映画好きが見るやつやー。ドキュメンタリーのような映画のような、空気が大事な作品だ」と逃げ出しそうになりました。
私、本当に難しい話、苦手なんです。
そもそも「夜明けのすべて」以外に、直近で見た映画は「ドラえもん のび太と空の理想郷(ユートピア)」です。
でも、これ、めっちゃいい話で、「ドラえもん界のアルマゲドンやで」(本当にそんなスケールの話なんです)と友達にも言いふらしてたくらい。
つまり、子どもと一緒に見られるくらいのわかりやすい話じゃないと、知性やセンスのない私にはハードルが高くて。
そこで、またいつか見ようと後回しにしていたら、ダジャレ社長がご覧になったらしく、「ぼく、感想を監督に送りました」とラインが。
っていうか、あの人、なんでいちいち私に自慢するんやろう? これが噂のマウント?
私がだらけた人間だとばれるのは嫌なので、「瀬尾さんの感想、ぼくと同じでしたと言っておいてください」と社長に返信したところ、「汚い心を持った人間ね」と恐ろしい言葉が返ってくるではないですか。
こんな台詞生まれて初めて言われたわ。(スタンプででしたけどね。そもそも社長どんなスタンプ買ってはるねん。ほんでそれいつ使うねん。)
それで、負けてはいられないと映画を見始めました。
すると、びっくり。5分経ったらおもしろくなりました。
中学生の男の子が年上の女の人好きになるんですけど、ああ、なんでそんなふうに自分を信じていけると思えちゃうんだとかわいくて。
特別なことをしている自分に対するうきうき感が思わず出ちゃうのも、女子が「だりー」って空気出しながらはりきっちゃうのもかわいいんですよね。
自分の見え方をすごく気にするくせに、まっすぐな気持ちを完全には蓋ができず、本当の意味で自分と他人に関心がある時期ですよね。
でも、この映画、エンドロールが一番よかったです。中学生の素の部分が出てきて、勝手に笑みがこぼれました。
中高生のことが好きな人が作った作品だというのを一番に感じました。
胸震えた、教え子の言葉
生徒のことで驚いたことを一つ。
『私たちの世代は』というコロナ禍を乗り越えた少女たちが主役の作品を昨年発行したのですが、先日、感想を教え子が電話してきてくれました。
「これ、タイトル、違いますよね。言うなら、みんなの世代ですよね」と。
「私たちは、ゆとり世代って言われますけど、それはそういう教育を受けていた期間に学校にいたからで。その教育を受けたのは私たちの前後十何年間かの子どもたちですよね。でも、コロナ禍は大人も子どもも全員が同じ時を過ごした、初めて分類しないみんなの世代だって思うんです」
その言葉に、本当だ。本当にそうだ。と胸が震えました。
中学生に若い世代。いや、きっとすべての世代の今を生きる人たちは、小説よりずっと揺れ動く感情の中できらめいています。
現実が小説より素晴らしいのは紛れもない事実で、だからこそ、そんな現実を物語に少しでも映し出せたらなと思います。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。