瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|第四回 くす玉を割るコツと絶景横浜
書店さんのPOPはスゴイ!
『そして、バトンは渡された』で本屋大賞をいただいた直後、書店さんを訪れることが増えたのですが、うれしいのは書店さんがかわいい手の込んだPOPを作ってくださったり、華やかに飾ってくださったりしていることです。
ちやほやされたことが一度もない私にとって、本当に夢のような1年でした。
書店さんの作られたPOPは今でも宝物です。
どうやって作っているのだろうと驚きの数々の品。
本を読んでその内容を形にできるセンスと、作り上げる力。
すごいです。
娘の学校の体操服のゼッケンですら、100円均一の接着剤でつくゼッケンを使用し、それでも斜めにいがんでいる体操服を着せている私には、書店員さんは雲の上の存在です。
何より、本が売れないと嘆くなら、自分たちで盛り上げようと本屋大賞を立ち上げられ、それにとどまらず、次々と取組を実施される様子を拝見したり、本に対する熱意をお聞きしたりするたびに、胸をうたれます。
本を売ることにこれほどまでに情熱を注がれることを思い知り、もっと真摯に小説を書かないといけないと思わされました。
そして、皆さんのおかげで、私自身「作家」と名乗ってもいいのかもしれないという自信ももらえました。
それまで、私は周りに小説を書いているとは言っていませんでした。
そもそも、突然友達が、「いやあ、私って、ほら、小説っていうの? それ書いててさ」とか言い出したら、何か売りつけられそう。
怖~ってなりますよね。
それが本屋大賞で取り上げていただいたおかげで、「え? あんたって、小説家やったん?」とママ友の間でも少々評判になり、どんくさかった私は、あの人あほみたいやと思ってたけど、そうでもないかもと思われるようになりました。
もちろん、私などまだまだなので、今でも、私のことを知ってる読書家のママ友が、「実はこの人! 瀬尾まいこさんなの!!」とほかの人に紹介してくださって、とんでもない空気になることもしょっちゅうです。
実はって、何? 瀬尾まいこって、誰? という視線。
一生懸命ママ友が、「ほら、そしてバトンがってあるやん。えっとほかに……」と説明してくれればくれるほど、穴を掘りたくなります。
もっとがんばらなくては!
カルカン先輩と憧れの横浜
さて、本屋大賞をいただいてからの書店巡り。
東京方面は、カルカン先輩に案内していただきました。
カルカン先輩は前の時以上に「俺に任せとけ」(正しくは「まあまあ、瀬尾さん、ぼくに任しといてちょうだいって何とかなるから」)という顔を見せ、東京の街を迷いなく歩き、てきぱきと連れて行ってくださいました。
東京って本当ににぎやかで、書店さんそれぞれの雰囲気も違って、行くところ行くところでわくわくしました。
そして、横浜の書店さんにも行くということで、私はこの日をひそかに楽しみにしていました。
東京は修学旅行の引率もあって数度訪れているのですが、横浜ってずいぶん昔に一度しか行ったことがない、憧れの街だったんです。
中華街、赤レンガ倉庫、港の風景。
おしゃれに違いない。
海風に当たり歩くだけでもいいな。
と心を弾ませていたところ、カルカン先輩は地上では命でも狙われているのか、横浜についた途端、一切景色の見えない地下街を通り書店さんに行き、またもや一筋の風も吹かない地下街を通り、もう1店舗を訪れ、そのまま東京に戻るという偉業を成し遂げたのでした。
ここまで徹底的に地下通る必要ある? 一瞬地上出てもよくない?
気の弱い私もさすがに、「少し横浜の風景見たかったです」と訴えました。
すると、カルカン先輩は、「今日は、書店さんを回るだけですから」ときりっとした顔でお答えに。
そうだ。観光に来たわけじゃなかったんだ。
書店さんに行くのが楽しく、心を躍らせていましたが、これは仕事でもあるのだ。
そう思い顔を上げた私の目の前にあるのは、がさつなカルカン先輩ではなく、仕事ができる男の顔でした。
って、そんなわけあるかー。
最近カルカン先輩にお聞きした話では、営業中においしいものを食べるのが好きで、行きつけのクレープ店もあるらしいとか。
え? 行きつけ? しょっちゅう同じとこで寄り道?
自分一人の時は食べるんだ。
それなら、私にわずか5分でいいから横浜の空気を吸わしてくれたってよかったんじゃないのだろうか。
いまだに納得いきません。
リベンジしたい、くす玉事件
怒涛だったのは九州の書店さん巡りです。
カルカン先輩から独り立ちし、大分に旅行に行った後、福岡と佐賀の書店さんに私だけでご挨拶に行く予定だったのですが、台風で高速道路も通れず、バスも電車も動かなくなってしまい、大分から出られない状態に。
とにかくタクシーに乗り、「行けるところまで北に進んでください」と告げ、駅を見つけては電車が動いていないかチェックしながら福岡に近づき、復旧した電車を見つけて乗りこみ、佐賀へと向かいました。
佐賀の書店員のHさんは約束時間を大幅に遅れたのに待っていてくださり、温かくお迎えくださいました。
そして、器用なHさん。
くす玉を用意してくださっていました。
くす玉って、すぐさまひもを引っ張りたくなりますよね。
でも、みなさん、落ち着いてください。
私、学校で働いてたんで、くす玉のことよく知っているんです。
割れないまま天井からさみし気にぶらさがるくす玉を何度見たことか。
あんな目にくす玉を遭わせるわけにはいきません。
くす玉割りにはコツがあり、ひもの力で玉を割るので、勢いがいるんです。
しっかり引っ張らないと、ひもが抜けるだけで玉が割れないんです。
以上、解説でした。
さあ、自称くす玉名人の私は「任せてください」と慣れた顔で、「よいしょ」と思いっきりひもを引っ張りました。
一発で開けてみせますね。
私のくす玉割りをご覧あれと。
……ところが、勢いがあまりにも強すぎたのか、天井からくす玉ごと落ちてくるという大惨事が!!
割れるではなく、崩れ落ちたくす玉から、何体もの『そして、バトンは渡された』の表紙に書かれたバトンちゃんの人形がころころと転がっていくではありませんか。
「す、すみません」と小さいバトンちゃんを必死で拾い集めました。
遅れるわ、くす玉は崩すわ、どんなひどいやつなんだ。
Hさん、素敵なものを作ってくださったのにすみません。
やる気はあったのに、実力が伴わなくて。
でも、あの時の小さなバトンちゃん、我が家で今でも幸せに暮らしております。
その後、福岡の書店さんに伺った時には閉店間際。
それでも、とても優しく待っていてくださいました。
ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。
お手紙をいただき、こんな感じで飾ってますと本のレイアウトまでみせてくださいました。
私だったら、「もう来ないんやったら来ないにしてくれ。帰るから」と思ったことでしょう。
いつの日かゆっくり行かせてください。
福岡では夕飯に名物のイカを食べたいと思っていたのですが、すっかり夜も更け、コンビニ弁当を買いホテルで食べるだけとなりました。
カルカン先輩がいてもいなくても、知らない土地って難しい。
横浜も九州も必ずリベンジしたいです。
あ、くす玉も……。
瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。