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#121古文書の書き手と読み手ー問われる読み手の「教養」ー

 前回までは古文書では文字がどのように書かれてあるか、どのように読むかについて触れてきました。つい先日調査した中でも面白い読みの物が出て来たので、今回の枕として紹介したいと思います。

真ん中の行に「主方大柴胡湯加減仕」とある。

 上の写真は親族の病気のことについて触れている手紙ですが、写真真ん中の行の冒頭に「主方」と書かれてあります。その下には「大柴胡湯」とあります。著者は「大柴胡湯」という文字を薬局などで見た記憶があるなと思い、これを薬であると考え、確認すると、ツムラのホームページに「大柴胡湯(だいさいことう)」という漢方薬が出てきました。腹部膨満感、便秘などの際に使用する漢方薬のようです。その上の「主方」ですが、辞書的には「あるじがた」と読み、「客を接待する主人の側」という意味になりますが、ここではそれでは意味が通りません。少し頭をひねると、「主方」を「しゅほう」と読ませ、転じて「処方」のつもりで書いたのではないかと、思い至りました。これで意味としては通ります。
 このように、当時は「相手に通じればいい」ということで自由闊達に文字を当てはめて書いている場合もあります。そのため、現在では「間違いである」ということで終わってしまいそうなことも、書き手がそこから何を書こうとしていたのか、何を伝えようとしていたのかを類推しないと、書いたものの本意が読み取れない、という点が古文書にはあるため、そのまま文字を読めばいい、というものではないといえるでしょう。

 次に挙げる例は、その逆の例になります。昔、仕事で多くの学生アルバイトを率いて古文書調査をしていた時に、著者がアルバイトの人達が採録した史料目録をチェックする役割を担っていました。その際に、ある学生の採録した目録で、「唐街道(ママ、東海道)」と目録に記載してありました。この史料を読んだ学生は、「唐街道」と書かれている文字を見て、音が同じなので誤って書いている、あるいは当て字だと考えたのでしょう。上記を踏まえて目録には「唐街道(ママ、東海道)」と記載したのでしょう。これを見て、著者はおや?と思いました。
 実は、ここに思わぬ落とし穴がありました。この史料調査をしていた対象史料の所在する村が、街道で言うと西国街道に面した村でした。つまり、東海道には面していない。では、なぜ「唐街道」と書かれていたのか。実は西国街道は、慶長・文禄の役、つまり豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、朝鮮半島へ出陣する軍勢が京都から九州まで通行した道でした。豊臣秀吉の朝鮮出兵は、当時「唐入り(からいり)」と呼ばれていたため、「唐入り」の軍勢が通った道=「唐街道(からかいどう)」とその街道を呼んでいた地域があったのです。この事実を調査した学生がたまたま知らなかったため、音の読みだけで東海道の誤りではないか?と判断してしまったのです。
 史料調査をしていると、自分の専門外のことも多数出てきます。偶然著者は、現在住んでいる場所が西国街道沿いの地域であったため、資料館などで「唐入り」の展示なども見たこともあり、「唐街道(からかいどう)」と読むことが出来ました。もちろん年齢や経験というのもモノをいう時もあるかも知れませんが、様々な史料が出てくる調査の場合は、自分の専門がコレだからと他の近接する時代や地域、分野などの知識を普段から仕入れているかいないか、という点が「史料を見る目」という意味で大きな分かれ目になると思います。この経験から、どんなことでも知っておくと、何が出てくるか判らない史料調査で役立つことがある、かも知れない、という、著者にとっての自戒になりました。

 また、先の話の中で東海道が出てきましたが、史料を読む上での東海道についても触れておきたいと思います。
 東海道というと、江戸の日本橋から京都の三条大橋まで、となりますが、史料によっては大阪まで記されているものもあります。これは間違いなのでしょうか。実は東海道には狭義の東海道と広義の東海道があります。狭義の東海道は、江戸・日本橋を出発点とし、京都・三条大橋を終着点とするもので、いわゆる「東海道五十三次」と呼ばれる宿場町が、日本橋と三条大橋の間にあるのがそれです。広義の東海道は、三条大橋から大阪の高麗橋までの、一般的には「京街道(大坂街道)」と呼ばれる部分を含めた場合がそれに当たります。この場合は、「東海道五十三次」ではなく「東海道五十七次」になります。

 このように、知っていると知らないとで、史料の内容、評価が変わってきます。古文書は単に文字を読めばよいというものではなくて、読み手の教養を問うてくるものであるということも知っておいていただけると、今後の史料の読み方が変わって来るのではないかと思います。


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Nobuyasu Shigeoka
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