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#120古文書の書き手と読み手ー書かれている文字をどのように発音するかー

 今回は古文書の判読について、史料に書かれている文字をどのように発音するか、について触れたいと思います。
 「徳川慶喜」は「とくがわよしのぶ」と読みは発音します。しかし、良く言われることに、江戸の同時代の庶民は、「慶喜」を「けいき」と発音していたと言われ、親しみを込めて「けいきさん」と呼んでいたと言われます。また、歴史の研究者の内部では、音読みにして発音するきらいがままあります。例えば戦国武将の「三好長慶」は正確には「みよしながよし」と発音しますが、「長慶」を「ちょうけい」と音読みして通称というか業界用語というかとして通用されています。
 このように実際の読みとは異なるけれども、愛称として呼ぶ、あるいは業界用語として音読みする、などということがありますが、そのようなことをしていると、いざ正確な読みが必要になるときに甚だ困ることになります。
 以前に実際にあった話を例に挙げたいと思います。ある書籍を音読してカセットテープに録音し、視覚障害者用として提供することをボランティア団体が行っておられました。その際に、書籍そのものには振り仮名が振られていないため、どう音読するのかが判らない箇所があり、ボランティア団体から出版元へ問合せをされたということがありました。その時に問題となった項目は、明治前期の毛利家の当主・毛利元徳についてでした。彼は何度か名前を変えており、定広と名乗った時期もあれば、広封と名乗った時期もありました。毛利元徳は「もうりもとのり」と読み、「定広」は「さだひろ」と読みますが、「広封」だけがどのように読むのかが出版元、編集者、執筆者も判らなかったようです。現在ではインターネットなどによって様々な形で検索が出来、「広封」を「ひろあつ」と読むということが容易に明らかに出来ますが、問合せのあった当時ではなかなかそのような手段がなく、結局音読の際にはそのまま音読みしてもらった、となったそうです。

 また、少し異なる角度からの読みの例も紹介しましょう。著者の大学時代の後輩で長野県出身の人とお話していた時のことです。長野県出身の後輩の出身高校の校歌に「佐久間象山」が出てくるということを飲みの席でうかがったことがありました。その際に、その方は校歌の歌詞には「象山公」とあり、「ぞうざんこう」と読むように指導されたと話されていました。その酒席で著者は「いやいや、あれは『さくましょうざん』と読むんですよ」と反論したのですが、その後輩からは、「古くから伝わる歌詞で、私たちは「ぞうざん」と読むと習った」と反駁されたことを記憶しています。
 この「しょうざん」「ぞうざん」の読みの論争は、実は歴史学会でも以前にあったようで、「象山」は何と発音するのか、ということで、決定打として、本人が史料に振り仮名を振っているものが見つかったことで幕が下りた、ということがあったようです。関連する論文についてのリンク先を下記にすりしておきますので、ご興味のある方は是非ご覧ください。

信州大学機関ポジトリ

https://soar-ir.repo.nii.ac.jp/records/17393

 このように、意外と研究者でも正確にどのように発音するかが判らない史料、用語というのもあったりします。歴史的なことは既に何でもきちんと判っているんでしょう、という反応が世間一般で多くあるように見うけられますが、実はまだまだこの程度のことでも判らないことがたくさんある、発展途上のものなんだという例として知っていただければと思います。

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