#025編集者あるあるー書籍にまつわる文化、あれこれ
前回につづいて、書籍のお話をしたいと思います。現在の仕事に就く前に、長らく歴史関係の書籍の編集を担当しておりました。そのため、友人たちに呆れられるような膨大な頁、膨大な回数の校正をしたり、微妙な文字の誤りを見つけたり・・・ということを仕事で毎日していましたので、そういう仕事で経験したような書籍にまつわるいろいろなお話をしてみようかと思います。
古文書などの史料の調査をしていますと、いろいろなものが含まれていることがあります。江戸時代の和綴じの書籍、いわゆる典籍といわれるものも良く含まれています。江戸時代の書籍は、一般に流通しているものは木版刷りのものになります。しかし、典籍・は価格もリーズナブルになったとはいえ、必ずしも誰でも普遍的に購入できるとまで言えない面もあり、人から借用して筆写しているものもあります。また、貴重なものであったこともあり、裏表紙や見返し部分などに所有者の名前や購入した時期などについての記載があることがあります。こういう記載があることで、いつ購入したものなのか、誰が使ったものなのかを知ることが出来る、良い手がかりになります。また、その典籍を使って一生懸命勉強をした形成、線引きや書き込みがいろいろとあるものもあります。このことで、所有者がどこに興味があり、どう理解したかなどの手がかりがつかめます。あるいは、逆に入手した典籍、書籍が非常に貴重な場合は大事に使っていたので新品同然で見つかるということもあります。そのあたりは当時の所有者のパーソナリティに関わってくる部分として、調査をしている側としては、その人となりが垣間見えるという点で非常に興味深いところです。
こういう調査をしていますと、書籍、典籍の部分について詳しくなります。本の表紙、裏表紙は誰でも判るとしても、表紙をめくった部分は見返し、本の頁の上などに書籍名や章立てなどが書かれてある部分を柱、ページ数のことをノンブル、本の閉じてある部分をのど、などと、いろいろ場所にも名称があります。こういう部分について知っていないと、正確にその書籍、典籍の状態を調査の際にきちんと記録が取れないので困ったりします。岩波新書についてくるしおりに、時折このような部分名称について書かれてあるものが付いてくることもあるので、しおりにも注意してみてみてください。下記URLの日本エディタースクール『本の知識』(2009年)にも、部分名称が掲載されていますので、ご興味のなる方は見てみてはどうでしょうか。
また、書籍の編集をしている時に、年若い大学院生などを使って編集の補助をしてもらっていたのですが、お互いに文字について知らないことがいろいろとあり、みんなで一緒に調べたこともあります。今となっては、チルダやアンダーバーなどはURLやメールアドレスによって広く知られるようになったと思いますが、広くインターネットが普及する前でしたので、なかなかお互いにこの字なんだ、というのが伝え辛かったことを記憶しています。今では日本エディタースクール『日本語表記ルールブック』(2012年)など便利な本があるので、初歩から手軽に学ぶことも出来ます。
現在は書き手としての仕事が主になりますが、これまでに編集も経験しているので、単に読書をしているだけでも書籍の編集に対してモヤモヤしてくることがあります。例えば、誤解、誤植。書籍に書かれてあること、活字になっていることは正しい、というのが、人の思い込みとしてあるかと思います。それがために、ちょっと考えればわかることについては、どうしてこれを編集者は見逃したんだ!?と、編集者の立場になってもやもやしてきます。例えば…
夏目金太郎って…、あまりのことに失笑してしまいました。この本は文学者のことを分析する本ではないのですが、こういう微細なところに誤りがあると、本論に関係のある部分でも何か誤りが含まれているんじゃないだろうか、という疑り深い目で見てしまいます。おそらく著者の誤解からくるミスということでしょう。しかし、著者段階のミスをフォローするのが編集者の仕事でもあるので、編集者の目をすり抜けて印刷されてしまった、という例でしょう。自分自身の経験でも、インドの植民地時代の地名は最近は使わないようになってきているところを、「ボンベイ」と執筆者が平気で表記してきたのを、今は「ムンバイ」というのが一般的ですよ、と修正した経験などがあります。上記のミスは編集者の校正段階でのチェックが何よりも甘かった、というのが実際の所でしょう。
上の写真の本では、うーん、ネロは初代ローマ皇帝か?いや、違うよな…と、一旦調べてしまいました。実際には、ネロはローマ帝国の5代目の皇帝です。
また、上の写真では、大谷暢順は明仁上皇の従姉妹とあります。個人的には宗教の歴史に疎いもので、大谷暢順という真宗大谷派の女性門主が居たのかと、思いましたが、今の上皇のいとこってことは戦後に女性門主がいたってことか?そんなことはなさそうだぞ、と思って、こちらも調べてしまいました。実際のところは、大谷暢順はもちろん男性で、ここでは従姉妹ではなく従兄弟と表記すべきところを変換ミスをしたということでしょう。
このように、もし活字で書かれていることを全て鵜呑みにしてしまうと、思わぬ誤植などのミスに足をすくわれることがあります。あまりそこまで気にしながら読んでいる人はいないかもしれませんが、書き手と編集との双方を経験していると、ついこういうことが気になってしまいますので、出来る限り間違いの少ない書籍を提供しないとなぁ、と書き手としても編集としても自戒を込めて思ってしまいます。ちょっと細かすぎる話もありましたが、今回はこのくらいにしておきます。また機会がありましたら、編集をしている時に経験した、乱丁などの印刷、製本などにまつわる面白話?などもご紹介出来ればと思います。
いただいたサポートは、史料調査、資料の収集に充てて、論文執筆などの形で出来るだけ皆さんへ還元していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。