【書評】『中学生日記』(Q.B.B.)そして58才の今も日記を書き続けている。(21/8/1)
Q.B.B.『中学生日記』(新潮文庫・解説より)
『本業』(文春文庫)ボーナストラックに所蔵。
『日経エンタ』誌に2002年6月号に掲載された文章です。
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俺は日記界のベテランである。
何故なら、6年前から自分のホームぺ-ジで『博士の悪童日記』と題して、一日も休まず、自分の日記を公開しているのだ。
我ながら、よく続くものだと思いながらも。
しかも、思い返すと昔から何らかの形で日記は書き続けている。
小学生の頃は〝僕の好きな先生〟に褒められたくて。
高校生の頃は悶々とした人生の〝ドグラマグラ〟の解消機能として。
そして芸人になってからは……。
これは、内省のふりをしながら、芸人としての自己顕示欲と折り合いをつけながらも半分は仕事なのだろう。
そう、そんな俺の長い日記ライフのなかで、唯一ブランクがあるのが中学生の頃だ。
つまり『中学生日記』の頃なのである。
あの頃、何故だか理由はわからないが日記をつけなかった。
思春期の真っ只中にいるのにもかかわらず、何を考えていたのかもおぼろげで、今、考えると、その必要もなかったようなバカバカしい無目的な行動に終始していた。
この本のトビラにあるように中学生とは間違いなく「一生で一番ダサイ季節」である。
それを実感するのは俺が、もはや当事者ではないからであろう。
そりゃあ確かに例外もある。
オリンピックで金メダルをとって「今まで生きてきた中で一番幸せ!」と早すぎた絶頂期を迎える中学生だっている。
逆に日本中を震撼させる犯罪を人生の霧の中で犯し、子供の残虐性を際立たせる末恐ろしい〝怪物くん〟ぶりを発揮する輩もいる。
中学3年生、卒業を控えた15の夜に〝盗んだバイクで走り出す〟生き急ぐ若人もいるだろう。
しかし、この本を読む、君や俺ははたして、そんなカリスマ中学生だったろうか?
平凡で三流の日常を送った我々は二度と帰らない、この日々がまぎれもなく人生で一番ダサかったことを共通体験としているだろう。
正直言って、こうして漫画にでもしてもらわないと、一体、あの頃、自分が何をしていたのかすらおぼろげで思い出すこともなかったのかもしれぬ。
しかしこの作品を読めば、この登場人物たちの行動が実に身につまされ、マンガの登場人物と、まったく同一な体験を過こしていたことを思い出す。
そして、それは確かに「文学」などの高尚な表現に昇華すればするほど、説明不能な行動なのである。
中学生特有の大人でもなく、子供でもない、あの感情(その多くは〝笑い〟)は、限られた社会の繋がり、狭い友人関係と日々のディテールのなかに詰まっている。
そして、それは極小すぎて、内省と文字には似合わないドタバタとした「マンガそのもの」と言える日々であった。
子供の困難さを、近頃の大人は、やさしく慮ってくれる傾向があるが、その頃の困難さは、マンガのなかの言葉で引用するならば、たかが「ディ~フィ~カ~ル~卜~」(口は半開き。頬の力を抜いて目はボンヤリ、でも空中の一点を見て動かさず顔だけ左右に時々ちょっと舌出したり)なのである。
マンガの中の登場人物との共通体験を列挙したらきりがないのだが、そんな誰にとってもリアルであろう、俺が思い当たった出来事をあえて列挙してみると……。
●寝癖を直そうと蒸しタオルをしていたら、家族にインド人と笑われて落ち込む。
●授業中、真剣に自分のサインの練習をする。
●「レンズの効果」といって気づかれないように、友達の首に焦点をあててみる。
●肛門検査!といってかんちょうをする。
●家に誰も居ないとき全裸でトイレにゆく。
●4階からつばを落として空中分解するさまをずっと眺める。
●「そしたらさあ」が「そしたらしゃあ」になってしまう。
●コンパスで机に穴をあける。
●どうやったらかっこよくタバコがすえるか鏡の前でポーズを~とる。
●お父さんの度付きサングラスを試してみるが度が強すぎてくらくらする。
●非常ベルの「強く押してください」ボタンを集める。
●お弁当のご飯粒を天井にくっつけて、乾いた頃に落ちてくるのをみる。
●喫茶店の「営業中」看板を盗んで部屋の取っ手にぶらさげる。
などなど、いくらでも思い当たるのである。
確かに、あの時代、こんな意味不明なことに夢中になったり、笑ったり、落ち込んだりしていた。
そして、無目的な行動のなかに自我の芽生えも生まれてくるのだ。
例えば、ひとりで既にブンガクしているヤツのエピソードが本書に出てくる。
いつも教室の一番後ろの席で文庫本を読んでいるクワハラ選手からハンザキが星新一を教えてもらう。
さっそく星新一を読むハンザキは夢中になって一日で読み終えてしまい、早速クワハラ選手に報告するも、彼は既に星新一を卒業し、筒井康隆著『宇宙衛生博覧会』にレベルアップしていた。
そんなブンガク少年のクワハラ選手が公園のベンチに財布を見つける。
今まで手にしたことのない大金に、文学少年よろしく色々と思い悩んでしまうのだが、結局誘惑に負けて本を買ってしまう。
その本も、水木しげると、つげ義春という実にブンガク的セレクトなのだが、夜が更けるにつれ、彼の罪悪感は悶々と膨れ上がってゆき、とうとう、「人間、失格!!」と川にむかって叫ぶのだ。
このエピソード、恥ずかしながらほとんど俺自身ではないか。
『宇宙衛星博覧会』のチョイスを含めて。
そんな行動すらも実に懐かしすぎる。
俺の中学時代──。
中学受験で合格し、越境入学で通った岡山大学教育学部附属中学。
詰襟のホックを外しているだけで不良と思われるような、県下有数の進学校だった。
しかし、言い換えれば、わずか10代そこそこで自分の将来の進路を学歴社会に見い出してしまうような、いけすかない連中の通う学校でもある。
俺は、この青春の入り口で、すっかり落ちこぼれた。
長い通学時間は、教科書よりマンガや文庫本に熱中するサブカル好き少年になってしまった。
勉強が出来ない、その反動なのか、俺は長じて「たけし軍団」のようなバカ集団に加入し、世間からみたらしょうもない漫才師になってしまった。
しかし、俺の同学年は奇跡的にそんなバカが俺だけじゃなかった。
後にロックバンド『ブルーハーツ』から『ハイロウズ』のボーカルへと日本のロック界に巨大な足跡を残す、甲本ヒロト──。
そして、もう一人。
後に、元『オウム真理教』幹部、尊師の主治医として、日本犯罪史上に悪名を残す、中川智正──。
この二人も俺の中学の同級生だったのだ。
甲本ヒロトは、中学時代、ラジオから流れてきた、ビートルズを聴いてロッカーになる確信を持ったと言っていた。
そして、俺は、中学時代、ラジオから流れてきた、ビートたけしを聴いて漫才師になろうと思った。
それは、まさに未来への啓示だった。
そして、あの頃に想いを馳せれば、中川くんは、いったい何のラジオを聞いていたのだろう?
しかし、あの中学時代、後の芸人、ロッカー、カルト宗教人は、未来の己の姿を知る由もなく、そこでは皆、ただの「14歳」であった。
このマンガで描かれる、自分達で組み立てた常識やルールを守り、笑いやばかばかしさを共有するその世界は子供の頃よく作った「基地」のような空間であるだろう。
今、大人になって基地から外れて、それを俯瞰してみると、それは単なる「基地ガイ」の世界なのかもしれない。
ただ、俺を含めて、ここに挙げた同級生3人は、いまだに、かたくなに中学生の延長上にある「基地の国」の住人であり続けているのかもしれない。
甲本ヒロトは、名曲「十四才」という、歌の中で歌っている。
「あの日の
僕のレコードプレーヤーは
少しだけいばって
こう言ったんだ
いつでもどんな時でも
スイッチを入れろよ
そん時は必ずおまえ
十四才にしてやるぜ」
『中学生日記』は、俺の14歳への再生ボタンである。
(2002年6月)
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これは20年も前に書いた書評だ。
そして、ボクは58才の今も日記を書き続けnoteに公開している。