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自分らしさを感じて
#創作大賞2023 #エッセイ バッハ松原。私の同級生の女子。昭和はクラスに40人もいて、一年間ほとんど喋らない子もざらにいた。バッハ松原もその一人だ。このあだ名は天然パーマでピアノが上手かった彼女に私が勝手に付けたものでクラスメイトが彼女を呼ぶあだ名は別にあった。彼女の存在感は薄かったが、私は彼女に一目置いていた。どんな縁かバッハとは6年間同じクラスで彼女の動向を誰よりも見ていた。大抵の子供は大した目的もなく、半日で終わる土曜日を待ちわび、吉本新喜劇を見ながら昼飯を食べ、
花子の父親、政夫は必ず子供達を葬式に連れて行く。それが、政夫流の子育てで、花子や姉の恵子が会った事のない人が亡くなっても必ず連れて行くのだ。 大寒の真っ只中、花子が嫌っていた近所の爺さんが死んだ時も政夫は嫌がる花子を例外なく葬儀に連れて行った。今までは仕方なく参列していたが、この爺さんの時だけは2人とも行きたくないと言う気持ちは共鳴していて、特に花子は拒んだ。何故なら、花子の通学路には必ずその爺さんが立っていて、見守りと称して頼まれもしないのに通学中の子供達に口うるさく注意し
バッハ松原。私の同級生の女子。昭和はクラスに40人もいて、一年間ほとんど喋らない子もざらにいた。バッハ松原もその一人だ。このあだ名は天然パーマでピアノが上手かった彼女に私が勝手に付けたものでクラスメイトが彼女を呼ぶあだ名は別にあった。彼女の存在感は薄かったが、私は彼女に一目置いていた。どんな縁かバッハとは6年間同じクラスで彼女の動向を誰よりも見ていた。大抵の子供は大した目的もなく、半日で終わる土曜日を待ちわび、吉本新喜劇を見ながら昼飯を食べ、明日は日曜日だという余裕の中「8時
父親の体が壊れ始めて亡くなるまで、そんなに時間はかからなかった。 父は付き合いだと言っては、酒の席に363日出向き、家にいたのは節季の二日間だけだった。節季にはスナックのママ達がこぞって日頃のツケを年に二回のその時期に集金にまわるから店を休む。だから父が家にいるのは年にたったの二回だけ。母はそんな父をアル中だと罵倒した。父は新聞記者だった。昭和は今と違ってSNSなどなかったから全ての仕事はアナログで、コミュニケーションが何より重要だったし、横の繋がりが出世にも影響した。そ
世知辛いご時世。でも、世知辛さは今に始まった事じゃない。もしかして、辛さの強弱が違うだけで、地球が誕生して生物が存在するようになってから、「世知辛い」は始まっていたのかもしれない。人は人との関わりから逃れる事など出来ず、何となく折り合いをつけて生きていく。そこに居たいのなら我慢!選択肢など無かったのだ。けれど、今は選択という紐を沢山ぶら下げて、どれを引っ張っても良いのではないか。そう思う。ただし、人を傷つけずにだ。そんな事は出来るのか?私もそう思った時もある。 でも、あった。
第10章 「本物の募金箱と偽物の募金箱」 #創作大賞2023 #小説 #人生のきび 花子もいよいよ年長となり、来年度からは晴れてピカピカの小学一年生となる。最近ではランドセルや机は夏の間に買うのが当たり前になっていて、しっかり者のチャ子は熟睡していた花子と恵子を叩き起こし、地元で一番有名なでデパートへと向かった。 そのデパートの売り物は、何もかもが高く、金持ちのご婦人で連日ごった返していた。香水の匂いがプンプンする人混みをかき分け、チャ子は一心不乱に8階のランドセル売
第15章「ヤキモチ」 #創作大賞2023 #オールカテゴリー 政夫がいなくなって三年が経った。 三年間で変わった事といえば、政夫の物が少しずつ家から消えていった事くらいで、チャ子は相変わらず、チャ子のままだった。 ただ、花子と恵子にとっては、それが何よりの救いだった。 三回忌の法要のため、妹の愛優美が5年振りにドイツから帰国することになった。愛優美は、優秀な臨床医で、チャ子の自尊心の高さを、唯一、保ってくれる貴重な存在だった。 久し振りに会う、自慢の娘の帰郷にチャ
#創作大賞2023 #オールカデゴリー 第七章 枇杷の葉 花子が、火葬場にある枇杷の木を見るのは三度目だ。人には最後がある事を知りながら、人は、それを座視する。けれど、ここに来る度、その事に気づかされる。 蝶子がこの枇杷の木を実際に見るのは初めてだったけれど、なぜか体の中心が締め付けられる感覚があって、それが、どうしてなのか蝶子は理解していた。 あの時も、風が吹いていて、緑色の厚みのある枇杷の葉が上下左右に揺れていた。 枇杷の木は、確かにチャ子が生きて、存在した証だっ
#創作大賞2023 #オールカデゴリー 第六章 金木犀とイチジク 「お母ちゃん!あったよ!」 華子が、勢い良く山道を駆け上がって行った。 朱実ちゃんはこの時期、あけびの籠を作って文化祭に出すのが唯一の楽しみだった。けれど、高齢の彼女には、この険しい山道を通って、アケビの枝を採りに行く事など不可能だった。だから私と華子で、その枝を毎年、採りに行くことにした。 朱実ちゃんの指は細くて、繊細な作業をするには適していたが、年老いたたせいだろうか、彼女の根気は徐々に無くなっ
#創作大賞2023 #オールカデゴリー 第五章 繋げていくこと 駅のホームは、人流という波が折り重なるように同じ方向へと流されて行く。 それは、蝶子が住んでいる沖縄とは違う景色で、どこか爪先立ちたくなる、そんな感覚だった。 それは華子も同じだったようで、靴の先を立てながら歩いていた。沖縄から出た事がない華子は、その気忙しい波にのまれる事を恐れたのか、蝶子の腕を両手で強く握りしめていた。 蝶子にとっても、そこは安息を得る場所ではなかったけれど、向かっている先が、なぜか
#創作大賞2023 #オールカデゴリー 第四章 イヌビワコバチ 華子は右目の違和感で目が覚めた。瞬きをすると、瞼に何かくっついている感覚とジクジクとした鈍痛で、卓上用の鏡に手を伸ばした。 鏡に映った自分の顔を見た華子は愕然とした。上瞼に丸くて赤いものが垂れ下がっていて、イヌビワのように見えた。 華子はイヌビワが大好物だった。昨晩も、蝶子が止めるのも聞かず、朱実ちゃんから籠いっぱいに貰ったイヌビワ(沖縄のイチジク)を、一人で全部食べ切ってしまった。 蝶子もイヌビワが大好