バトンを拾ったのは君か
今年一年、何もしなかった。
強いて言えば、ヒヨコのオスとメスを仕分けする仕事をしているサーファーとキャンプをしたり、ミサンガ職人と漬物を買いに行ったり、最近サーカスから独立した知り合いのピエロの単独ライブを観に行ったくらいだ。
大晦日くらいは楽しく過ごしたかった私は(いやキャンプと漬物ショッピングと単独ライブが楽しくなかったみたいに!)、後輩を家に呼び出し一緒に年越しをすることにした。
*
「スイさん!お疲れさまです!お邪魔します!!」
元気な声でずかずかと人の家に上がり込んで来た女の名は、キミカ。
一年後輩のNSC43期生で、どういうわけか仲良くしている女芸人だ。
二人ですき焼きを食べた後、ほろよいの白ぶどう味をちびちびと飲みながらキミカが呟いた。
「もうすぐ2023年も終わりっすねぇ。あ、そうだ!うさぎから龍へのバトンタッチ見に行きません?」
「バトンタッチ???」
「そうです!来年の干支って辰年じゃないですか。年越しの瞬間、今年の干支 卯年のうさぎから龍へとバトンが渡されるんですよ!しかも今年のバトンタッチの場所、ちょうどスイさんちの目の前です!」
「いやいや!うちの前でバトンタッチなんてそんなわけ!映画じゃあるまいし!(笑)………ほんとに?」
キミカを見ると、真剣な眼差しでこちらをじっと見ていた。
私たちは目を合わせたままゆっくりと頷き合い、思い思いのアウターに身を包みマンションの外へと出た。
*
「あ、こんちはー。いや、こんばんは かw」
おちゃめな挨拶の主は、バトンを受け取るために待機していた2024年の主役・龍だ。
普通に、でっかい龍がマンションの前にいた。日本昔ばなしの龍みたいなやつだ。
「うーちゃんもう来ると思うんで…あっ、いや、うさぎッス!間違えた!うさぎね!うさぎ!!」
龍は普段うさぎのことをうーちゃんと呼んでいるらしく、間違えた後は恥ずかしそうに頬を赤らめてヒゲをハート型にしていた。恐らく付き合っているのだろう。
部屋から持ち出した掛け時計を見ると時刻は23時59分。そろそろだろうか。スマホで時間が見れるだろという意見もあるだろうが、二人分のスマホはさっきすき焼きの具材にしてしまった。不味かった。
タッタッタッという軽快な足音と小さな息づかいが聞こえたかと思うと、道路の右手から走るうさぎが現れた。
「うーちゃん!!!こっち!!!」
龍が叫ぶ。思いっきりうーちゃんと呼んでいる。
「龍ーーー!!!」
ほほう。彼女は彼氏を呼び捨てで呼ぶタイプか。これはこれでいいな、と思っていると、あと少しでバトンタッチという時にうさぎの手からバトンがこぼれ、カランと音を立てて地面に落ちてしまった。
「あ、バトン落ちましたよー」
キミカがバトンを拾い、龍に差し出す。
「あ、あざッス…」
バトンを受け取った龍は戸惑いながらうさぎやキミカや私を見て、首を傾げながら飛んで行った。
「あれ、私なんかまずいことしました?」
そう言うキミカと唖然とするうさぎとの間に、空からゆっくりと光る雲が降りてきた。
雲の上には白い服を着た白髪のおじいさんが乗っている。
「どうも神様でーす。えーと、なになに?バトンを拾ったのは君か?」
「あーハイ、そっすね。私、キミカっす。」
「あーそうなの。君、キミカっていうの。じゃあ卯年、キミカ年、辰年になるね。でもそうなると歴史変わっちゃって困るから、まあテキトーに書き換えとくね。次から気をつけてね。じゃあね。」
神様がそう言い終えると、神様の乗っている雲にうさぎも乗り込み、そのまま二人で空に帰って行ってしまった。
キミカを見ると、不服そうな顔をしている。
「次から気をつけてね、ってなんなんすか。必要なのはバトンを落とさないようにする干支側の努力でしょ。」
新年一発目の正論が聞けた。
いやあ、今年はいい年になりそうだ。
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