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からあげサプライズ

早すぎる帰宅を避けるべく、地下鉄を途中下車して街に繰り出す。
いつからだろうか。夕方に家に帰るのが早いと感じるようになったのは。

今日は、洗濯物いっぱいいっぱい溜めましたグランプリの予選大会に出場してきた。
その名の通り、1年間でどれだけ洗濯物を溜めることができたかを競う大会だ。

どういうところが自分の魅力か、また欠点はどこなのかなどを研究しながら1年間全力で洗濯物を溜めてきたが、重すぎて会場に4着しか服を持っていくことができなかったため予選落ちはほぼ確定である。

しかしくよくよしていても仕方がない。
わたしは気持ちを切り替え、どこかの店に入って来年に向けて作戦を練ることにした。

そうだ、誰か暇してる同期はいないだろうか?

途中下車した駅はなんば。
そう、ここはお笑いの街だ。
退治しても退治しても若手芸人がどこからか沸いてくる、そんな汚い水回りのような街なのだ。
(若手芸人を退治してはいけません。みなさん気をつけてください。)

久々に顔が見たくなり、わたしはある1人の同期にLINEを送信する。

もふ今暇だったりしない?
ま、わたしは別に暇じゃないけど!w

なんだか誘うのが小っ恥ずかしくなり、ついつい嘘をついてしまった。
するとすぐに返信が来た。

たった今、1人でもみあげベイベーに入ったとこ!

皆知っているとは思うが、もみあげベイベーとは大手ファミレスチェーン店だ。
ご飯を食べるにもネタを書くにも、とにかく居心地のいいあそこだ。

洗濯物いっぱいいっぱい溜めましたグランプリの帰りなんやけどさ、暇だから行ってもいい?

もふと合流したいわたしは、たった1分前についた"暇じゃない"という嘘を貫けるほど強い人間ではなかった。

合流を快諾してくれたので、足早にもみあげベイベーへと向かう。
ドリンクバーの近くだと言われ、付近の席を探すとノートを広げ机に向かう彼女の姿があった。

そこに座るは、なんじゃもんじゃの藤本もふ。通称、なんじゃもんじゃの藤本もふだ。

「ごめんね急に。久々だね」

声をかけると、もふは「おー!」と明るく反応しながら家から持参したであろう刺身を食べ始めた。

もふという人間は、恐ろしいほどにコミュニケーション能力が高い。
もしや、食べ物ともコミュニケーションがとれているんじゃないだろうか?と気づいたわたしは、感じるままにもふと食べ物の関係性について30,000文字を超える論文を10分ほどで書き上げた。

「はい、よく頑張りました。」

拍手をしながら優しい笑顔で労ってくれるもふ。
しかし、拍手をしていると思ったら、手と手が合わさるたびに明太子がこぼれ落ちてきている。とても汚いと思った。

『『グゥ〜。』』

2人のお腹が同時に唸り出す。気づけば夕飯時になっていた。

もふは自らの手から溢れ出た明太子をもぐもぐと食べながら、「何か食べよっか!」とタッチパネルでメニューを見始める。
もうすでに食べているし、なんならさっきまで持参した刺身を食べてたじゃんと言いたかったが我慢した。

「からあげとか食べたいなぁ…からあげ定食ないかな?あー、ないのか…うーん、でも食べたいなぁ、からあげ定食。」

もふが呟いた瞬間、
バチン!!!と店内の照明が落ちた。

「えっ、なになに?停電?」

慌てていると、店の奥の方でぽわんと明かりが灯った。そして、その小さな光はだんだんとこちらに近づいてくる。

「あー、そういうことね。ありがてえ。」

何かを察したらしいもふが、薄明かりの中ガッツポーズしているのが分かった。
わたしは何がなんだかさっぱり分からない。

すると、まだ暗い店内にいきなりオシャレな洋楽が流れ始めた。それもかなりの大音量だ。

光はどんどん大きくなり、まっすぐとこちらに向かってくる。テーブルに"それ"が置かれた時、わたしはようやく何が運ばれてきたかを理解した。

火のついたろうそくが刺さった からあげ定食だった。

もふは、「わぁーっ!」と目を輝かせながら大きな拍手。またも明太子がこぼれ落ちている。

からあげの数は軽く100個は超えているであろう量。大きすぎる皿に盛られており、上の方にあるからあげに10本ほどろうそくが刺さっている。

「わたし、食べたいと思った物は全部目の前に現れるようになってるからなぁ」

余程怪訝な顔をしていたのだろう。わたしに説明するようにもふが話し出す。

「だからこうしてからあげ定食が出てきたのよ。」

とても納得した。
照明を落としてオシャレな洋楽をかけてからあげを持ってくる流れは、完璧に本物のバースデーサプライズさながらの演出だった。
さすが天下のもみあげベイベーだ。

もふと一緒にからあげをむさぼっていると、洗濯物いっぱいいっぱい溜めましたグランプリの予選通過者のツイート通知が来たが、スマホを投げてからあげを食べ続けた。

幸せだなぁ。


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