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おでんヤダヤダ

「オススメの店あるんやけど飲みに行かない?」
「オススメの店あるんやけど飲みに行きません?」
「オススメの店あるんやけど飲みに行く?」
「オススメの店…」
「オスス…」
「オススメの店あるから飲みに行こ!ねえ!いいでしょ?行こうって!イタッ!!ちょ、痛いです!ごめんなさい!!許して!!!」

「ふー…。あ、オススメの店あるんやけど良かったら今から飲みに行かない?」

「あー、まあありだね」

周りの人間に同じセリフで声をかけまくっていたボロボロバイセコー山中の誘いに、私は乗った。
なぜなら私の一つ前に声をかけた相手から殴られ、コンビ名よろしくボロボロになっていて可哀想だったからだ。

「えっ!スイちゃん!?なにしてんのこんなとこで!!」

山中が驚いた顔をして言う。
それもそのはず、私は一人で黄昏れようと思い公園の土管の中で紅茶を嗜みながらゆっくりしていた。ロケーションとしては、"こんなとこ"と呼ぶには相応しい場所だ。

「公園で子ども相手に飲みの誘いをしまくって小学生に殴られる大人と、公園の土管で紅茶を嗜みゆっくりしている大人、果たしてどちらの方が変かな?」

私の問いかけに、山中はうーんと8分ほど悩んだあと「ロールケーキかな!」と答えた。

私は、そんな山中のおすすめの店とやらに連れて行ってもらうことにした。

「ここのおでんが最高やねんな〜」

中ジョッキ片手にしみっしみの大根にからしをつけながら山中がニヤけている。
入った店は、飲み屋街の隅にひっそりと佇む老舗のおでん居酒屋。

「確かに、おでんの匂いが店内に充満してて最高だね!」

箸で大根を割ると、断面からモクモクと大きな湯気が立った。
するとその湯気がどんどん大きくなり、あっという間に私と山中が座るテーブルを包み込んで真っ白な世界に誘われた。

「当てちゃったね。運命の大根。」

声がする方を見ると、前掛けを着けた店主のおじさんが悲しそうな笑顔でこちらを見ていた。

「なんなんですか?運命の大根って!それにこの白い空間は?急に湯気に包まれたかと思えば、周りの音も遮断されて!」

分からないことだらけの私に対し、一切表情を変えないおじさん。
ふと山中の方を見ると、ビールで顔を真っ赤にして笑顔でゆらゆら揺れていた。相当気持ちの良い酔っ払い方をしているのだろう。
白い空間に真っ赤な顔が浮かび上がったその様は、まるで日の丸弁当のようだった。彼のことは今後42期の日の丸弁当と呼んであげよう。

「残念だけど、二人にはおでんになってもらうね。アツアツの出汁を用意してるから、さあお入り」

おじさんはそう言うと、バラエティの熱湯風呂のようなものを持ってきた。ただし中身は無色透明のお湯ではなく、黄金色に輝く出汁だ。

「えっ、なんですか?おでんになる?え、イヤです普通に。帰ります私!」

「まあまあ、そう言わずに。大丈夫だから。そんなに熱くないから。美味しくなるから。」

おじさんに腕を掴まれた。

「ヤダーッ!!!おでんヤダヤダーーー!!!」

山中は私とおじさんのその様子を見ながら、ビールをグイグイ飲み進めている。ぶっ飛ばそうかと思った。

「あーもう、全然言うこと聞かないねこの子!もういいよ、おじさんがおでんなります。知らないからね!おじさんがおでんになるからね!もうっ!!」

私があまりにも抵抗するので、おじさんは不貞腐れながらそう言ってジャバーンと出汁風呂の中に浸かった。

するとモクモクと湯気が上がり、視界が真っ白に。

次の瞬間、山中と私は店の外に出ていた。

「うわ、店の外に放り出されたやんけ!あーもうちょっとビール飲みたかったなー、まあでもタダでビール飲めたし、ラッキーやったな!また行こうなスイちゃん!」

真っ赤な顔に冷たい夜風が当たって気持ちよさそうな山中が、私に向かってピースする。

山中の、いや42期の日の丸弁当のご機嫌なピースの指をへし折りながら私は言った。

「そういえば私、おでん嫌いなんだよね」

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