見出し画像

うるさいステーキ丼

びっくりされるかもしれないが、私・水分スイはアルバイトをしている。
公園で遊ぶ子ども達に声をかけ、オリジナルの生春巻きをひたすら見せびらかすバイトだ。1日4時間ほどそれをやるだけで、知らないおじさんからたくさんお金が振り込まれるのでとてもラッキーである。

そのバイト先には芸人の先輩が多数いて、暇な時にはいつも芸人同士で生春巻きを顔に押し付け合って遊んでいる。

「スイちゃん、美味いステーキ丼の店が近くにあるんだで、今日バイト終わりメシ行くか!」

ステキな(ステーキだけに!)訛りを披露してくれたのは一年先輩でNSC41期のデラポンズ・いわもとチコツさんだ。
ちなみにチコツさんのことはちこ兄(にい)と呼ばせてもらっている。

「えー!行きたいです!やったあー!!」

「うるさい。」

ちこ兄は事あるごとにうるさいと言ってくる。うるさくて調子乗りでアホでやかましいヤンキーは自分である、ということをこれっぽっちも理解していないようだ。

日が暮れてきて、お腹がぐうと鳴った。
ちこ兄とそろそろか、と目を合わせ子ども達に見せていた生春巻きをポケットにしまった。大号泣する子ども達を笑顔で見送り、今日も疲れましたね〜と伸びをする。

さあ、お楽しみはこれからだ。バイトで疲れた体が肉を欲している。
私達は思い思いの移動手段で、ちこ兄オススメのステーキ丼のお店に足早に向かったのだった。

「おばちゃん、カイノミステーキ丼特盛二つ、一つご飯大盛りで!あと消しゴムチーズ焼きとミサンガのバターポン酢もお願いね!」

ちこ兄とカウンターに横並びに座り、隣の愛嬌のあるヤンキーが軽快に注文をしてくれた。
ちょっと頼みすぎじゃないのかと思ったが、ミサンガのバターポン酢は特に食べたかったのでありがたかった。

何度までが水で何度からがお湯かという話でちこ兄と揉めた末に殴り合いの喧嘩をしていると、おばちゃんが料理を運んできてくれた。

「はいよ、ステーキ丼特盛二つ。こっちがご飯大盛りね。んで消しゴムとミサンガ。」

テーブルの上が一気に豪華になった。最高だ。いただきます!と二人で手を合わせ、ステーキ丼をかきこむ。うまい、うまい、うますぎる。最高の晩飯だ。ちこ兄がご馳走してくれる飯だ、余計に美味しくてたまらない。

ちこ兄ありがとう、と思いながら隣に目をやると、頬を肉と米でいっぱいにしたまま一点を睨みつけるちこ兄がいた。

嘘だと言ってほしい。
私の隣に座るこのヤンキーは、自分でご飯を大盛りにしておきながらすぐに満腹になったのだ。

「フーッ…フーッ…」

汗をだらだら流しながら苦しそうに呼吸している。
かわいそうだ。こんなかわいそうな先輩の姿は見たくない。ちこ兄を見守りながら、私も涙を流して自分のステーキ丼を食べ進めた。

「よし、いくぞ!食いきるでねぇ!」

ちこ兄が名古屋弁で気合いを入れ、ステーキ丼の残りを一気にかきこんだ。

次の瞬間、ちこ兄の口から虹が出た。
とてもとても、綺麗な虹だった。

神々しく光っていて、あまりの眩しさに思わず目をつぶってしまった。

光が消えて少しずつ目を開けると、そこには運ばれてきた時と全く同じ姿のステーキ丼が現れていた。

「え、ちこ兄、どういうことですか!?ステーキ丼が元に戻ってる!!」

私が驚いていると、ちこ兄がスッキリした顔で笑いながらこう言った。

「お前、これ食え。」

もちろん私の答えは一つ。

「うるさい。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?