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fetishismⅡ 眼鏡

ガラス越しに見る、人間の瞳。
虹がかかるようないろに、数秒時が止まった―――なんて。
小学生の時の初恋の話だ。思い出補正が入っているだろうと思う。それでもそのガラス越しのいろは強烈な印象を僕に残した。
皮肉な話だけれど、裸眼よりも眼鏡をかけている方がきれいな瞳に見える。
と、思っていた。

* * *

気付いているのかいないのか、多分この人の癖だと思う。
大多数の人の距離感よりも、一歩―――いや、半歩、近い。
そうしてこちらをのぞき込む。切れ長の瞳。
透明な、澄んだ、でも何となく逸らさせない視線。
ほんの数秒自分がじっと見つめることで、相手の心臓がどんなことになっているか、この人はわかっているのだろうか。見透かされているような、は、きっと僕の惚れた弱みのせいだろうけれど。
その数秒、見つめあいながら不意によぎる。
初恋以来、眼鏡越しの瞳がいかにきれいに見えるかに重きを置いてきた僕である。今までの恋人は皆眼鏡をかけていたし、たまにはコンタクトにしましょうかというのを悉く止めてきた僕が。

―――ガラスが邪魔だなぁ、と思った。

思ってから、じわりと笑いがこみ上げる。
僕のフェチとは一体何なんだろうか。こんなにあっさりひっくり返るとは。
初恋以来となると最早軽く20年以上だ。20年以上、眼鏡フェチを自称してきたのに、である。
知的な印象も、線が細い雰囲気も、ガラス越しの瞳のいろも、もうこの数秒でどうでもよかった。できれば今すぐにこの人の眼鏡を取り去ってしまいたい。そうして直接このきれいな瞳を眺めていたい。

そんな僕の欲を知らずに、ふいと距離が戻る。
視線は僕から外れて、向こうに。
淋しいような、妬ましいような気持ち―――ああ、この人の瞳が他所を映すのがこんなに嫌だなんて。次々湧き上がる欲が可笑しくて仕方ない。
一瞬で訪れた宗旨替え。こみ上げる笑いを嚙み殺して、置いて行かれまいと歩みを早めた。
―――この人はわかっているだろうか。

* * *

宗旨替えを迫られた僕は、自分の中で眼鏡フェチの項目に躊躇いなく横線を引いた。さて、宗旨替えと言いつつこれは果たして何になるのだろう。
目?瞳?
ひとつ苦笑を漏らす。この人の瞳以外にあんな欲が湧くとは思えなかった。フェチのくくりにするには無理がある気がする。パーツとしての目や瞳というよりは―――「この人の瞳フェチ」?
もう笑うしかなかった。

この人の瞳が何を映しているのか知りたくなって、独占したい・視線を向けて欲しいという欲さえも超えて横顔を眺めるのが好きな瞬間になるのは、もう少し先の話。




#宗旨替え #瞳 #欲

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