また息をする。深呼吸。ほら、目をあけてみて。
驚くほど、将来「なりたい職」など無い。
絵が好きなの?なら、イラストレーターはどう?
本が好きなんだ。だったら、文章校閲や編集は?
写真に目覚めたのね。写真家はどう?
それは趣味である。というか、趣味であってほしい。
小さい頃は、宇宙飛行士になりたかった。
ただ空中を舞ってみたかった。好奇心だ。
そのあと、医者になれと言われたか。覚えていない。
そのあと、自分で漫画を描き始めたので、漫画家になりたかった。
しばらく、絵を描かなくなって、将来よりもより近い未来を考えるようになった。
夢そのものを考える事は少なくなったように思う。
中学生から高校生は、社会貢献を学んだ。
社会貢献をする、それは素晴らしい事だった。
私個人にはあまりメリットが無いように思ったが、こう考えられるようになったことは利益だろうか?
ほぼほぼ推薦入試のために始めた社会貢献でも、役に立つことはあったのだろうかとたまに考える。
この社会に、おそらく本気で世界を変えたいと望む人は居る。でもきっと満員電車の中には居ないし、すぐ隣の家には居ない。
居るのかは分からないが、居るかもしれないその誰かのために。
私は変えたいと思わないから、おそらく自分の人生すべてをかけて変えようと思うほどの価値ではないから、変えたいと思う人の気持ちは分からない。
でも、何かに目を輝かせるのは本当に本当に素晴らしい事だ。
社会は理不尽極まりない。
男は働け、女は子を産め。
アダムとイブだって、こんなことになるなんて想定もしなかったろうに。
おそらく彼らもため息をしているだろう。その理不尽さに。
理不尽をあげたらキリが無い。あげたくもない。
ただ、理不尽であることは承知してもらえただろうが、その受け止め方はどうだろう。理不尽だから、諦めるか、なんなのか。
ジェンダー問題に不満を抱く人が、もし絵が上手かったら。
その人はジェンダーを題材にした絵を描くだろう。
もし、本を読むのが好きだったら、きっと一日中そのことをTwitterで呟いているだろう。
写真家だったら、きっとモデルを捕まえて、光の中で彼女か彼氏が涙を流しているだろう。
そういうのって、職業をやっている人間には描けないんだと思う。
クライアントとそれに応える人間関係だから。
だからちょっと思ってしまう。
なりたい職業なんてなくない?と。
金を稼ぐには、いくらでも方法はある。
惨めな思いや苦しい思いをたくさんした方が、きっと何かいいものが描けると思う。
だから、この世界には世に出ていない物語の方がいいものなんて沢山あるはずなんだ。皮肉なことに、それらは砂のように消え去ってしまうけれども。
理不尽なことを感じたら、ぐっといったん堪えた方がいい。
それが「自分」を生きる道の種となり、やがて目に見えるようになっていく。
ため息をついて、深呼吸する。
何歳になっても、好きなものにはずっと溺れていればいい。
それがあったら、何があってもきっと生きて行ける。何があってもだよ。
気合があれば、他の人にも伝えるようにすればいいと思う。私はそれが好きなんだけど。
19歳。なりたい職などない。
ただ理不尽な社会にため息をつきながら、それを繰り返している。
そのたびに、生きようと思う。
この思いをどうにしかしたいから。
一生消すことのできない想いを背負って、踏みしめているから。