東大サブウェイ——店長とボクと、時々、司法試験
明日は、司法試験予備試験の合格発表。
司法試験の合格発表関連のときには、いつも思い出す。
東大構内にあったサブウェイと、サブウェイの店長と繰り広げたじゃんけん対決と、自習室で食べた少ししょっぱく感じたお肉たっぷりのサンドイッチを。
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東京大学本郷キャンパスの工学部2号館のピロティには、サブウェイの店舗があった。
昼時はいつも混んでいるので、法学部の建物は近かったけど学部生時代は一度もお世話になることはなかった。でも、東大の法科大学院に進学し、ちょうどよい夕飯を探していたときに、サブウェイが良い塩梅であることに気づいた。
サブウェイはランチは混んでいるが夜はそこまで混んでいない。ボクシング部出身で細身の僕は、体に似合わず大食らいで、夕飯は大体食べ過ぎて眠くなり、当時勉強に支障が出ていた。そこでいうと、サブウェイのサンドイッチは夕飯には最適の量だった。野菜のサブウェイというだけあって野菜もとれるし、栄養バランス的にも最高だ。
そんなことから、東大ローに進学してからは、夕飯はサブウェイのサンドイッチを週4くらいで食べていた。同じものを毎日食べ続けられるのは僕の特技だ。
東大構内のサブウェイは、フランチャイズの店舗で、オーナーの店長がよくお店にでていた。
この店長がなかなか良いキャラをした面白い人で、他の店舗にはない、独自に企画したメニューやイベントを繰り広げていた。
"野菜のサブウェイ"に似合わず、ローストビーフを「これでもか!」と詰め込んだ「デストロイヤー」という大胆なサンドイッチが平然とメニュー表に鎮座し、ディナータイムには「ディナーdeじゃんけんぽん」というジャンケンに勝てばドリンクが無料になるという企画で毎夕熱い戦いが繰り広げられているのが東大サブウェイの特徴だった。
デストロイヤーはテレビ番組で取り上げられたこともあるし、そこで僕が放った「デストロイヤーは東大のプロテインです」という言葉はなかなかの反響だった(が、これはまた別のお話)。
週4日以上通った僕は、自然と店長と仲良くなった。店長は柔道で国体合宿に参加した経験もある武闘派だった。対する僕は東大ボクシング部出身。気がつけば、店長との「ディナーdeじゃんけんぽん」は男同士の拳の戦いになった。
店長は「予告じゃんけん」という必殺技を使う。「今日はグーしか出しませんよ」と宣言するのだ。僕もボクシング部出身の意地で、拳を固めたグーしか出さない。結果は当然あいこになる――通常ルールではあいこは客側の負けなのに、店長は「漢気に負けました!」と笑いながら僕を勝ち扱いにしてくれた。
そんな粋な計らいをしてくれる店長のいるサブウェイのサンドイッチを頬張りつつ、僕は司法試験に向けて黙々と勉強した。
いよいよ司法試験本番。
論文で完全に失敗したと思った司法試験中日、例のごとく東大の自習室に行って勉強をしていた僕は、憂鬱な気持ちを抱えつつサブウェイへ足を運んだ。
店長は僕の顔を見て、「どうしました?」と訊く。
「昨日の論文、やっちまった感があって…ベストは尽くしたんですけどね。」
店長はニッと笑う。ローストビーフを惜しみなく詰め込んだ看板メニューの「デストロイヤー」をつくり、「精一杯やったなら大丈夫ですよ」と言って「お代は結構です。頑張ってください!」と代金を受け取らずに笑顔で差し出してくれた。
僕は自習室の休憩スペースで一人サンドイッチを頬張った。自然と感謝の涙が流れてきて、サンドイッチはいつもより少ししょっぱく感じた。泣いたら少し楽になった。まだ戦える、そう思えた。
結果、僕は司法試験に合格した。危惧していた論文も、そこそこ無難な点数。面白味はないが、それでいい。合格は合格だ。
司法試験後、店長と何度か飲みに行った。時には店長の親父さんまで一緒に飲むこともあった。「あの時のデストロイヤーは効いたよ」なんて話すと、店長は得意げにいつもの笑顔をたずさえながら酒をあおった。
それから月日は流れ、僕は弁護士となり、北参道・代々木にあたりに弁護士3名の小さな事務所を構えた。近所にサブウェイはあるが、あの東大構内のサブウェイとは違う。
東大構内のサブウェイは事業譲渡され、あの店長はもういない。僕自身もサンドイッチからは離れ、少し経済的にも余裕ができた今、より大好きな肉料理を堪能する日々になった。時が経てば色んなことが変わりゆくものだ。
今のお気に入りは、九段下にある「ドンガウチョ」だ。そこは豪快なアルゼンチンBBQ ”アサード” が評判で、数多のボクシング世界王者が訪れる名店だ。同じものを毎日食べるのが得意な僕は、三日連続ドンガウチョを訪れることすらある。
実は、今夜も僕は、ドンガウチョでブラセーロというド迫力の器に盛られた塊肉を頬張っている。デストロイヤーのローストビーフも美味しかったけど、ここまで厚みがある塊肉はまた違う。
夢中でむしゃぶりついていると、ドンガウチョのマスターが僕に話しかけてくる。
「お味はいかがですか?」
「今日はいつにもまして最高だね」
そう答えた僕にマスターは微笑む。
東大サブウェイ時代の、あの頃と変わらない笑顔で。