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#創作日誌1

 新作の構想が溜まってきたので創作日記をはじめる。日記とはいっても律儀に毎日書いたりしない。できる限りクローズドに、でも半開きぐらいにはオープンにしておきたい(つまり限定公開(いまのところ))。
 全開きだと心理的なバイアスがかかって(嘘をつくとまではいわないけど)少なからずの演出をしてしまいそう。かといってクローズドにすぎるのもそれはそれで自意識のカビが生えそう。だから半開きにとりあえず今はしておく。
 2018年4月20日。いよいよ構想が溜まってきた感じがしたので書き出した。書き出してみてわかるのはまだ完成に向けられたものではなくたたき台にすぎ

ないということだった。4000字くらい書いてみたけどたぶんこれはボツにするだろう。陽の目を見ることのない言葉を(それを自覚しながら)書き連ねるのは虚しくもあるが無責任でいられて楽しい。深刻に悩む部分もあったものの2時間くらいで筆をとめた。たぶん明日読んだら「こりゃだめだ」と思うに決まってる。
 4月21日。面白いところはあった。でもたぶんこれはボツだろう。でもいいのだ。そのつもりで書いていたし。むしろボツすら完成のための正当な方法論なのだ。昔高校生と演劇ワークショップをした時、自分のアイデアがボツになって悲しんでいる(ちぇっ、てなってる)少年がいたので「ボツに一喜一憂してちゃだめだよ。そんなもの普通のことなんだと思ってたくさんアイデア出して」と言ったけど、彼は大丈夫かな。
 4月22日。正式にボツだと決定(自己判断)したので、これを書き進めることはとりあえずないだろう。暇だったらやってもいいけど。暇じゃない。映画観たいし。本読みたいし。音楽聴きたいし。
 4月23日。ひらめいた。たぶんこれだと思う。今作について考えはじめたのが1月に入ってからだから、構想約4ヶ月。ようやくでた。でもわからない。すぐに足元すくわれるかもしれない。それでも腹をくくってやるべきことは決まったような気がする。ちなみにあんまり今の僕にとっておもしろいと思えない芸術作品にふれていた時思いついた。そのあんまりな作品と内容的な関連はない。でもたとえば新聞を読んでいた時に思いついたかといったらそうではなかったろう。結構その映画(あ、極力伏せようと思ってたのに映画と言ってしまった)眠くて雑に見ていたのもあると思う。映画を一時停止してトイレでぼーっとしてたら思いついた。何かが生まれる時って偶然でしかない。
僕は偶然崇拝者なところがある。でも冷静にやると決めている。冷静な時にしか新しい偶然と出会えないから。

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