塩船観音探訪(その1)
お寺や神社というと、寂れた田舎の風景を思い浮かべる。都市にも寺社仏閣はたくさんあるのだけど、パッと瞬間的に頭の中に浮かぶのは、山のふもとや小川、木造の小学校などに、沿うように存在するイメージだ。山寺、などという言葉もあるくらいだから。
だから、東京の中では寂れた地帯を走る青梅線には、有名な古刹があっていいようなものだ。でも、案外ない。強いてあげれば拝島大師か。
世間の認知度は、しかし低い。たとえば浅草寺や川崎大師、成田山のようにだれもが知っているわけでも、年末年始に混雑するわけでもない。同じ東京西部を走る京王線には高幡不動があって、駅名にまでなっている。五重塔を思い浮かべる人も多いだろう。東京の西部にある古刹といって名が上がるのは、拝島大師よりもそちらの方だ。
でも青梅線沿線にだって、寺社仏閣がないわけではない。認知度が低いだけ。だから賑わってないのはちょっとさびしいが、むしろ静かにのんびりした時間をすごせるという利点がある。
とある晴れわたった早朝、ぼくは沿線のその一つを「つぶし」に行くことにした。でき得れば人生を終えるまでに、青梅線沿線の寺社仏閣をすべて制覇しようと思っているのだ。有名どころこそないが、数はあるので、コツコツと「つぶし」ていかなければ間に合わなくなってしまう。
下り青梅線に乗って、河辺駅で降りる。今回「つぶす」のは塩船観音だ。
青梅線の沿線に住んでいれば、塩船観音はどうしたって話にあがる。行ってきたと耳にし、どこにあるのかと尋ねられる。だから、そういうものがある、ということくらいは知っていた。でも行ったことはなかった。人間、あまりに身近だと、わざわざ行こうという気が起きなくなる。
だから今回が初めての訪問だ。それまでずっと小作下車だと思っていたが、調べたらひとつ先の河辺だった。
通勤時間だが、下りの青梅線はすいていた。青梅線は沿線に1つしか乗換駅がない。だからこのすいた下り電車に乗っている通勤客は、沿線に勤め先がある人に限られるという読みになる。ぽつりぽつりいるスーツ姿の人たちを見て、「青梅市役所勤務かな?」とぼくは密かに思う。
河辺に着いて、ホームに降り立つ。あのスーツ姿の乗客たちが青梅市役所勤務なのかは分からない。青梅市役所は、この先の東青梅下車なのだ。
塩船観音側の北口に降り立つ。河辺は青梅線では数少ない、駅前にビルが建つ駅だ。他は立川と福生だけ。青梅は、ビルの残骸が建っている。改札を出て、その駅前ビルを横目に見ていく。そびえているそのビルも、まだ開店前で静まっていた。
駅から離れるように、まっすぐ進んでいく。塩船観音へは、とにかくこの道を行き止まりになるまでまっすぐ進んでいくのだ。しかしぼくはちょっと歩いたところでピタッと足を止めた。そして進行方向左側にある、白壁がきれいな一軒のお店に入っていく。今回朝早く来たのは、ここに寄るためだった。
『PLUME』というパン屋さん。このお店では、モーニングを食べられるのだ。
ぼくは青梅線沿線の寺社仏閣をすべて訪ねたいが、パン屋も訪ねたいと思っている。それで塩船観音に合わせ、河辺の一軒を「つぶそう」と思ったのだ。パン屋もまた次々つぶしていかなければ、寿命が尽きるまでに達成できない。
古刹巡りの雰囲気に合わせれば、おにぎりだろう。それも、はらんに包まれた素朴な感じで。しかしパン好きは、合わなかろうがパン食を貫く。『PLUME』さんはクロワッサンとデニッシュが特にウリのパン屋さんなのだ。
(その2)につづく