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【全文無料】掌編小説『若葉』中馬さりの

Sugomori5月の特集として、季節の掌編小説をお届けします。
今月のテーマは『若葉』。書き手は中馬さりのさんです。

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掌編小説『若葉』

「鬱陶しいなぁ」
 バスを待つ列の中。私の目の前にいる初老の男性が呟いた。
誰かに言ったわけじゃない。きっと、鬱陶しいのはこの暑さ。もしくは、顔にまとわりつくマスクだろう。
 5月半ばだなんて信じられない暑さのせいで、誰もがジャケットを面倒くさそうに抱えている。近くの木陰に隠れても、チラリチラリと入り込む直射日光が体をさす。

 きっと、私も同じような顔をしていたんだろう。
 GW明けのこの時期は、やる気がでなくて当たり前だと思っていた。毎年、部活をサボったり授業で居眠りをしたり、手を抜いていた気がする。
 私のやる気がなくなっていないのは、4月の入社式が遅れたからだろうか。それとも、知らず知らずのうちに社会人としての自覚が芽生えたんだろうか。

 バスが、目の前に到着した。電子音と共に扉が開くと、冷えた空気が足先から顔まで通り抜ける。
 そのまま上を見上げると、揺れる木の合間に若葉が見えた。毎日見るこの木も、自分も、気付かないうちに成長していたんだろう。
 定期券をかざし、いつもの座席に乗り込む。足取りは思ったより悪くなかった。

文芸誌Sugomori 中馬さりの

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