【全文無料】エッセイ『クリスマス前の贈り物』小野寺ひかり
今月のオンライン文芸誌「Sugomori」は特別号です。書き下ろしされたどの作品も無料で読むことができます。書き手は小野寺ひかりさんです。「クリスマス」のエッセイをお届けします。
パブリックとは何か考えていたのは「かりあげクン」の四コマを読んでいた時だった。昼休憩中のかりあげクンと同僚が公園でキャッチボールをしている。そこに管理者らしい作業服のおじさんが「球技禁止だよ、人に当たったらどうする!」と注意をする。はあ、と謝る二人。次に管理者が見つけたのはグローブを投げ合う、かりあげクンたちだったというオチがつく。映像制作の実習課題でもあったのだが、かりあげクンを単なるとんちものではなく、管理者とパブリックの齟齬を描けると思ったのだ。
ちょうどその頃、区と区民の管理が半々の公園で、私は「私設図書館」を開いていた。むろん事前に10名ほどの区民ら管理メンバーからの許可もとっていた。いずれ本棚を作ってやろうと乗り気な発言ももらったが、1年を経たずうちに、ある日取りやめるよう「通達」があった。改めて相談した区の担当者は「なんともったいない」と親身に話を聞いてくれた。ひとを排除しようとする態度について注意はするが、30年以上も携わるメンバーが高齢化しているせいも関係しているのだろうと、辞める方向以上にはなりそうもない、どうしようもないニュアンスが伝わってきた。管理者の代表は「ファシリティにそぐわない」という言葉を使った。で、あれば、当初の話と違うことを指摘したが、態度は変わらなかった。つまり人の感情に置き換えれば、「私設図書館」の存在が、うっとおしく、都合が悪くなった、ということだろう。(補足するなら、先方は「やる気を見せてほしかった」とも話していた。私を体のいい労働力とでも都合よく考えていたのではと思う。本の活動が公園内で盛り上がると今度は場所を利用されている、と、先方がとらえるようになったではと推測している。五分五分であることについて当初から私のスタンスは変わらず協力することはしたいと告げていたが、先方から活動について連絡やメールがきたことも、本の活動日に先方らが見に来たこともなかった。これも都会の一面である。)
そんなやるかたない怒りを、パブリックだのファシリティだのを守りたがっているやつらにぶつけようとして映像制作にとりかかっていたわけだ。しっかりと管理者にはオチもついた。4コマにはない、5コマ目に台詞を加えた。「あの~、管理会社の者ですが、グローブ投げ合ってるのはいいんですか? え、いいんですか!?」と驚き、釈然としない顔をして電話を切る。グローブを投げ合う二人の姿が見切れる。上映の際には、会場から笑いも起こり、ささやかなうっぷんを晴らすことにつながった。
その後は実家のそばの空き家に本棚の設置をして「私設図書館」の運営は続けているのだが。さて、何がクリスマスかといえば――。その「私設図書館」で貸し出したままの本がいくつかあった。急きょ取りやめだよ、と言われ月1の開催ができなくなっていたせいで、半ば諦めていたところSNSを通じて連絡をくれた方がいらしたのだ。
ご近所同士とはいえ、どこの誰とも知れないからこその楽しみである「本の貸し借り」。まさか連絡をもらえるとは思いもよらなんだ。本を貸した相手である、小学生の女の子とそのお母さんの姿が思い起こされた。はきはきとした話し方で、その日の授業について話してくれた。体育がどうとか、だった気がする。
「プレゼントできたら」とメッセージをすると「いい本だったから実はもう手元にもう1冊買ってしまった」とも返信がきた。本好きの冥利に尽きる。その日のうちに住所を告げていたらポストに投函したことを教えてもらった。
外出していたその日は、絵本を取り出そうとポストをあけて驚いた。絵本への感想とお茶やお菓子もセットで入っていた。メッセージカードがとても有難く、「管理者」という存在によってささくれだっていた活動。とんでもないご褒美がついてきた。私のパブリックやコミュニティのあり方は間違っていなかったなあと、ふんわりと傷直しのクリームが塗られたような心地で合った。
そこから筆不精なところがあり御礼はすっかり遅れ、ようやく気持ちを返すことができた。クリスマスにかこつけて。贈り物といえば、もらうばかりだったが、「し合う」ことができる有難さがある。
とはいえ、手元に用意したのはクリスマス用のアドベントカレンダーと、チョコレートと気持ちからは少々小さな贈り物になってしまった。あまりビッグプレゼントにしてもどうなんだろう、と買ってからも踏ん切りがつけられず、相手の住所が分かっているが投函するのにずいぶんと、日数がかかってしまった。12月に入って、アドべントをめくる日数も経ってきた。まずいまずいと、とうとう夫といっしょ彼女らのマンションへついてきてもらうことにもなった。メッセージカードとともに、ポストにどきどきしながら投函した。
好きな子に思いを告げられない小中学生ってこんな感じだったんだろうか?
怪しいものではないのです、投函してすこし離れたところでメッセージを送った。
その晩、届いた御礼には、すっかり身長も伸びて、笑顔を見せる少女の姿があった。前歯が抜けていてとてもチャーミングだった。背景にも布製のツリーが飾ってあり、クリスマスを待ち遠しく思っていることが感ぜられた。
クリスマスは特別だ。その一日を、どんな気持ちで過ごしてもらうのか。今年は、もう少し誰かに、贈り物を届けてみたい。
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