ふくだりょうこ『きょうもお高いキミがスキ~マジメなカズミくんはソンをする』
“お高いあのコ”のこれまでのお話はこちら▽
『きょうもお高いキミがスキ~さえないハジメくんのヨクボー』
*****
気持ちが、悪い。
気分の悪さで目が覚めた。蛍光灯の白い光が瞼を刺す。頭の奥がズキズキと痛む。ぼやける視界。
ここはどこだ。
「あ、気がついたぁ?」
柔らかい声。一瞬、肩のあたりに入っていた力がするりと抜けていったのが分かった。のろのろと体を起こす。
「――サツキ」
ソファに座っている彼女。白いシャツ。黒のタイトスカートから伸びる足は優雅に組まれていた。わずかに入ったスリットから白い太ももが覗く。先ほどまでと変わらぬ姿。ただ、黒く艶やかな長い髪は束ねられていた。
「気分はどう?」
「最悪だ」
「とりあえず、これ飲んで」
渡されたのはペットボトル。コンビニのPB商品の麦茶だった。税抜93円のやつ。ベッドに座り、一口飲む。あんまりうまくない。それでも、喉が渇いていたのか、一気に半分ほど飲んでしまう。
「はー……」
「お味噌汁とかいる? よかったら作るけど」
「いや、いい」
料理とかするのか。意外に思いつつ、首を横に振る。
ひと息ついて、部屋の中を見回す。ベッドとソファ、テーブル。物が少ない。女の子らしい装飾もないし、観葉植物などが置いてあるわけでもない。クローゼットがあるので、服はそちらか。なんというか、殺風景だ。
「あんまり、人の部屋をジロジロ見ないでくれる?」
「サツキの部屋に来たの初めてだから。気になって」
「カズミくん、酔っ払って自分ちの住所言えなくなっちゃったから仕方なく」
わざとらしくため息をついて首をすくめるサツキ。酔っ払ったところを見られるなんてとんだ失態だ。しかし、それで家の中に入れたのだからラッキーだとしか言いようがない。これまで、どうにかして住所を聞き出そうとしていたがいつもかわされていた。
「サツキはミニマリストってやつなのか? ずいぶんと物が少ないんだな」
「引っ越しが趣味なの。そうなると、荷物はできるだけ少ないほうがいいから」
「ふーん。ずいぶんと金のかかる趣味なんだな」
「カズミくんには関係のないことでしょ?」
確かに今は関係ない。しかし、これから関係があるかもしれない。僕たちは恋人になるのかもしれないんだから。
「それで、今日は何か渡すものがあるんじゃなかったの?」
そうだった。それを口実にデートにこぎつけた。その事実に舞い上がって飲みすぎてしまったのはあまりに無様だが。
「そう、君が欲しがっていたもの」
恭しく、鞄から細長い箱を取り出した。
「…………」
サツキはこちらの様子を伺うようにしながらも、箱を受け取った。
「開けてみて」
さあ、どんな顔をするか。渡す瞬間のことを何度もシミュレーションしてきた。まさか、彼女の自宅で渡すことになるとは思わなかったけど。
ゆっくりと、もったいぶるように彼女は箱を開けた。中身を確認した瞬間、わずかに目が見開かれる。
「これは」
「欲しがっていた、ガーネットのアンティークネックレスだよ。いつも君のリクエストは難しい。ざくろのアンティークの首飾り、それからヴィクトリアデザインというヒントだけで辿りついた僕、すごくない?」
大きさやく4センチ四方のフラワーモチーフのネックレス。花びら部分にはガーネット、つぼみ部分は小ぶりの真珠とダイヤモンドがあしらわれている。彼女がじっくりとネックレスを見つめていた。部屋の安っぽい光に照らされていても、ガーネットの輝きが損なわれることはない。庶民が買う安物ではないことはすぐに分かるはずだ。
「約束だったよな」
僕が言うと、彼女は手を後ろに回した状態でゆっくりと立ち上がった。そして俺の隣に……ベッドに腰掛けた。
「約束ってなんだったっけ」
サツキは微笑み言うと、俺の体に体重を預けてきた。
「分かってるくせに」
甘い予感に頬が緩むのをこらえきれなかった。
「私、忘れっぽいから」
「望みのものを持ってきたら恋人になってくれるって話」
「……分かってる」
しっとりとした唇が僕の唇に触れた。
「大丈夫。約束――忘れてないよ」
やっと手に入れられる。そのまま彼女がゆっくりとのしかかってきた。喜びか、このあとのことに期待してか、僕の胸は激しく高鳴っていた。痛いほどに。
*****
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?