【小説】柳田知雪「ソフトクリーム記念日」
今月で2nd Anniversaryを迎えた文芸誌「Sugomori」。
今回は『記念日』をテーマに執筆した小説となります。
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2022年5月GW。
今年、幼稚園に入園した娘のルリと2年ぶりに帰省した。
「まぁ、こんなに大きくなって~! やっぱり写真とリアルじゃ違うわねぇ!」
去年のお盆や今年の年越しも帰るか悩んだものの、介護施設で働く母とリモートワークができない東京勤めの夫という条件も重なり、今日の今日まで諦めてきた。
久しぶりの緑が香る地元の空気。懐かしい実家の佇まい。
そして、また少し小さく感じるようになった両親。ふと娘を抱える手の皺にドキッとしてしまう。
会えない間も、私たちの間には確かに時間が流れていたらしい。
「今日はルリちゃんが来てくれたから、晩ご飯は焼肉だ!」
「やきんく~!」
滑舌の甘いルリの言葉に、両親はでれっでれに鼻の下を伸ばす。
その顔を見られただけでも、仕事が片付かなかった夫を置いて先に飛行機で帰ってきた甲斐もあるというものだ。
夕食は約束通り、家から車で15分ほどの地元で有名な焼肉チェーン店になった。
広々とした店内は、テーマパークにあるフードコートを思わせる。テーブルに囲まれるように店の中心に並ぶのはサラダビュッフェコーナーだ。
サラダビュッフェと名前は付いているが、野菜以外にも果物やヨーグルト、さらにはソフトクリームまであって庶民にとってはパラダイスのような場所である。
小学生の頃から何かあると父は〇〇記念日、と名付けてこの焼肉屋を利用した。単に父が焼肉を食べたかっただけだったのかもしれないが、私は私でサラダビュッフェというパラダイスが好きだった。
「ルリ、これやるー!」
ルリが指差したのはビュッフェコーナーの端にあるソフトクリームメーカーだった。
食に関しては、本当に私とよく似ている子だ。きっとここに来れば、やりたがるだろうとは予想していた。
「自分でクリーム巻くから、ルリちゃんには難しいかもよ?」
「やだ、できる!」
先ほど、別のお客さんがやるのを見ていたのだろう。今まで完成したソフトクリームしか見たことのないルリには、世紀の大発見であったに違いない。
「じゃあ、お母さんと一緒にやろっか」
「やだ! ひとりでやる!」
その返事は想定の範囲内だ。ここが家の中ならまだ周りをべしょべしょにされてもいいが、店内で大惨事を起こされてしまっては困る。夕食を食べるだけだと油断していたせいで、着替えも家に置いてきてしまった。
しかし、こちらの要求を押し付けようとするとさらに頑なになる姿も容易に想像できた。イヤイヤを発動させて大絶叫されたら、もはや食べるどころではなくなるだろう。
「あら、ルリちゃん。知らないの?」
膠着しかけた私とルリの間に、すっと母の声が飛び込んできた。
手に持っているボウルにこんもり盛られたサラダを見るに、ビュッフェのおかわりに来たところだったらしい。あるいは、なかなかテーブルに戻ってこない私たちの様子を見に来てくれたのかもしれなかった。
突然の質問に、ルリはこてんと首を傾げたまま母を見上げる。
「ママはね、ソフトクリームマスターなのよ?」
「マスター…!!」
最近、夫と一緒に見ていたアニメの影響だろうか。ルリはきちんとマスターの意味を理解しているらしかった。目をぱぁっと輝かせ、純粋すぎるほどの尊敬の眼差しを私に向ける。
そんなルリに、母はダメ押しとばかりに呟いた。
「そんなマスターに作ってもらったソフトクリーム、食べてみたくない?」
「たべたい!」
それまでぎゅっと握り締めて、決して離そうとしなかったソフトクリーム用の小皿を早く早くとばかりに私に押し付ける。
その切り替えの早さに苦笑しながらも、ルリの気が変わらないうちにソフトクリームを作ってしまおうと機械に向き直った。
小学生の頃から変わらない、もはやちょっと古めかしささえ感じさせるソフトクリームメーカー。ちょうど視線の先でボタンが押してくれ、とばかりに光っている。
「では、マスターの技をごろうじろ!」
子供のためならエンタメ性も忘れない。
そんな掛け声と共にボタンを押すと、ブゥゥゥンと聞き慣れた機械音が響き始める。この音を聞くと、小学生の時に刷り込まれた高揚感を今でも思い出せるから不思議だ。
そんな感慨に浸っていると、矢印で示された場所からにょろんと白いクリームが落ちてくる。この機械はボタンを押し続けている間、クリームが出てくるという仕組みだった。
「今日は柔らかめ…」
メーカーから出てくるソフトクリームは、日によって硬さが違った。溶けかけているほど柔らかい時もあるし、冷凍庫から出したばかりなの?と思うくらいカチカチの時がある。
何かしらの記念日とかこつけて、父にこの店に連れられる度にこの機械と相対していた。おかげで落ちてくる表面を見た瞬間、その日のクリームの調子を見分けられるという、全く応用の聞かない特技を得たのが十代の頃の私だ。
硬さを見極めることが重要なのは、それによって微妙に手に持った小皿を動かす速度を変えた方がいいということである。
ブランクはあるものの、十代の頃に培われた特技は的確に答えを導き出した。
小皿が円を描くように動かし、クリームを巻いていく。円は大きくなりすぎないように、上へと積み上げていくイメージで。
「……はい、完成!」
つんと最後に角を立てたソフトクリームは、自身の中でも満足の出来だった。
お皿を渡すと、ルリは青みのある幼い目をキラキラと輝かせる。小さな手で大事そうにお皿を抱えて、ぱっと私を振り返った。
「ママすごい! ソフトクリームマスター!」
「ねぇ、ママすごいね」
「ルリもマスターになりたい! おなじのやる!」
作るところを見せたのは逆効果だっただろうか。
結局、やりたいと駄々をこね始め、振り出しに戻ってしまったかもしれない。
「ルリちゃんのは今持ってるでしょ?」
「だから、ママの分はルリがやる!」
「そう来たかー……」
私もこの焼肉屋に来たらソフトクリームを食べなければ気が済まない。そのため「ママは食べないから」という言い訳はできなかった。
「ママの分は自分で作るから大丈夫だよ」
「ママは……ルリのたべたくないの?」
一体、どこでそんな誘い文句を覚えてきたのか。
しゅんと項垂れるルリにそれ以上、強く断る言葉が見つからない。
「じゃあ、私がボタンを押すから。ふたりで巻きなさい」
お母さんがぼそっと私に耳打ちして、確かにそれならどうにか周りを汚さずに済みそうだと思った。
ルリの身体を抱え、小皿を持つルリの手に自身の手を添える。
「では、マスターから直々にソフトクリームの巻き方を伝授します」
「はい!」
すっかり私をマスターと認定してくれたせいか、当初の「一緒にやる?」という提案を却下したとは思えない素直さだった。
母が隣からメーカーのボタンを押してくれて、ブゥゥンとまた機械音が響く。
最初の頃は、この音を聞くとドキドキした。初めからマスターだったわけではない。最初はとても形容しがたい形になったし、だからと言って同じ日に何度もおかわりして挑戦できるほど、私の胃は大きくなかった。
この店に来るたびにちょっとずつ巻き方のコツを掴み、マスターとなったのである。
「ほら、出てきた! これをこう、こう……!」
ルリの手越しに皿を動かしていく。メーカーとの間にルリがいるせいか、先ほどよりは歪な形に巻きが重なっていった。
しかし、少しずつ冷たい重みが増していく小皿に触れられていたことが嬉しかったのか、ルリは満足そうに顔を綻ばせた。
「できた! ママあげるね!」
「はい、ありがとう」
2人分のソフトクリームを手にテーブルに戻ると、父が暇そうにテーブルで待っていた。
「遅かったなぁ。どうした?」
「あのね、これルリがつくったの!」
父の何気ない質問に対し、ルリは大冒険から帰ってきた勇者のように武勇伝を語り始めた。
「……で、ルリがママのつくってあげたの!」
「へぇ! じゃあ今日はルリちゃんのソフトクリーム記念日だな!」
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