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波野發作『枯れる枝豆』
かれこれ十数年前のことになるが、Uターンして数年ほど郷里で暮らしていたことがある。
前年暮れにリストラで失職し、年明け早々には離婚されて、鎌倉の家を放り出されて、松本の実家に戻ったのだが、6月から新しい職にもありついて、会社近くのアパートに部屋を借りた。
うっかり彼女もできて、まあまあ悪くないリスタートができたが、もう少し独り身を満喫したかったという気もなくはなかった。
言いにくいことなので言葉がややこしいが、俺としては、もう少しの間はフリーでいてもよかったのだ。ぶっちゃけ養育費とか重かったし、結婚は二度としないと思っていた。
よかったのだが、二人は出会ってしまったので仕方がない。これは不可抗力である。
というわけで図らずも俺の新生活は、二人の同棲生活の始まりとなってしまった。
田舎の空港のすぐ近く、畑のど真ん中に突然ある四角いアパートがその舞台であるが、風向き次第ではいきなり臭い。かなり臭い。慣れればそうでもないが、慣れるまではなかなか臭い。養鶏場の匂いだと後で知った。ただ、こういうのは田舎暮らしあるあるなので特に珍しいことではない。
アパートから徒歩で10分程度のところにアルウィンというサッカー場がある。週末になると天皇杯の地区予選や、Jリーグの下部リーグの地方の試合などが開催されるのだが、この手の試合は無料か、500円程度の入場料で観戦できるため非常にリーズナブルだ。
横浜まではなかなか行けない立場になってしまった今の自分にとっては数少ない楽しみの一つであった。
その頃に見た地方のマイナーチームが、この10年後ぐらいにはJ1の人気チームにまで成長していくわけだが、それはまた別のお話である。あと、俺はそのチームは別に贔屓にしていない。今では単なるライバルチームの一つでしかない。おっと今年は別のリーグだったか。ケケケ。
閑話休題。
そんなわけで、その頃は天気がよい休日は二人でぶらぶらと田園地帯をのんびり散歩したりする日々だったのである。ドライブも行くけど、散歩も多かった。散歩が好きな女だったから。
東京育ちの彼女にとっては、田舎で見るものすべてが珍しく、新鮮で、宝石のように思えたのだろう。というかそう言っていた。その宝石箱あたりで育った身からすると、なんの変哲もない日常の風景に見えるパーツでも、彼女にとってはSSRのレアカードのように感じるのだろう。養鶏場からの風も臭い臭いとはしゃいで、楽しんでいるようにすら見えた。窓を閉めよう。閉めたか。では、散歩に出かけよう。
「ねえ、前から気になってたんだけど、これって枝豆?」
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