ふくだりょうこ 『ご注文は承っておりません~あなただけのお食事作ります』4
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『ご注文は承っておりません~あなただけのお食事作ります』
『ご注文は承っておりません~あなただけのお食事作ります』2
『ご注文は承っておりません~あなただけのお食事作ります』3
やってきたのは、着物姿の女性だった。目が合うと、ニコリと微笑まれた。マスクをしていても笑顔がかわいいとわかる。
「この度は『てるてるごはん』をご利用くださり、ありがとうございます。今回、担当いたします盛山花です」
「よろしくお願いします」
キッチンに案内すると、ぐるりと見まわしたあと、割烹着をつけた。
ネットで見つけた出張料理人。「あなたのためにお料理作ります」というキャッチコピーに惹かれてお願いをしてみた。
「あの、盛山さん」
「はい」
「私のために料理を作ってくれるとのことですが」
「はい。当店では『たったひとりのためにだけに料理をする』をモットーにやっておりまして。いま美玖さんが必要なお食事を作らせていただきます」
「リクエストとか、しなくていいんですか?」
「したいですか?」
問い返されて考える。考えたけど、とくに食べたいものは何も思いつかなかった。自分のための料理なんて彼と付き合い始めてから考えたことがない。
「……ないですね。あんまり食べたいと思えるものがなくて」
「まあ」
「強いて言えば、和食かな」
「かしこまりました。和食がお好きなんですか?」
「いえ。付き合っている彼が好きなんです」
「そうでしたか。あ、冷蔵庫の中拝見してもいいですか?」
「どうぞ」
彼……晴太は人を家に招くのが好きだ。突然、友達や後輩を連れてきたりする。そのたびに私が料理を作らなければならないので、食材はいつも多めに買ってある。
「何を作ってくださるんですか?」
「そうですね……肉じゃがとレンコンのきんぴら……あら大きな鮭がありますね」
「彼がもらってきたんですけど、少し量が多くて。使っちゃってください」
「じゃあこれで鮭と大根の煮物をしましょうか」
てきぱきと冷蔵庫の食材を取り出してレシピを決めていく。迷いがなくて、見ていてなんだか気持ちが良い。
「作るところ、見ていてもいいですか」
「どうぞ」
よかった。本当はこれが一番の目的だった。プロが料理をするところが見たかった。『てるてる食堂』は盛山さん夫婦2人で切り盛りしているようだった。ホームページには2人のプロフィールが載っている。奥さんは和食専門のお店で、旦那さんのほうは一つ星フランス料理のレストランで店長も務めていたそうだ。そんな人たちがどうして出張料理をしているのかはわからないけど……。
「料理お好きなんですか?」
じっと盛山さんの手元を見ていると、笑顔で尋ねられた。話しながらも手はきちんと動いている。
「料理は好き、だったんですけど、今はあんまり、かも」
「あら」
「彼が全然おいしいって言ってくれなくて。私が作ったものを食べても、母さんの料理のほうがおいしかった、って言うんです」
残すことはないけれど、毎回「まずい」と言われると自信がなくなる。何のために作っているんだろう、と思ってしまうし、おいしいってなんだっけ、と分からなくなっていた。
「うーん、シンプルに失礼ですね」
「えっ」
「作ってもらった料理を誰かの料理と比べるなんて」
思わず目を瞬かせた。びっくりした。たいてい、彼のことを愚痴っても「照れてるだけだよ」とか「言葉にするのが苦手なんじゃない」と言われるからだ。
「そうでしょうか……」
「冷蔵庫の中を拝見しましたが、下ごしらえしてある食材もたくさんあって。出汁も自分でひかれているんですね」
「……あ、そうだ。出汁の引き方教えてもらえませんか。彼がいつもお味噌汁おいしくないっていうんです」
盛山さんは、黙って出汁をスプーンですくうと少し舐めた。味わうように目を閉じると、大きなため息をついた。
「そんなにまずいですか……?」
盛山さんの反応に胸が痛くなる。ため息をつくほどに私の出汁はダメなんだ……。
でも、盛山さんは大きく首を横に振り、笑顔を見せた。
「いえ! とてもおいしいですよ! 私が教える必要はないと思います」
「本当に?」
「ええ。あの、ひとつつかぬことをお伺いしますが」
盛山さんが手を止めて私をじっと見つめる。何か言葉を選んでいるように見える。
「普段、恋人はあなたのことを褒めてくれますか? もしくは労いの言葉をかけてくれたり」
「ないですね。私……どんくさいし、見た目もイマイチですし」
「はい?」
「え?」
身を乗り出して、ついでに目も見開く盛山さん。何かいけないことを言っただろうか。
「あなたの、見た目がイマイチ?」
「ご……ごめんなさい、こんなことを言ったら、気を遣わせてしまいますよね」
「いえ。でもイマイチなんてとんでもない。こんなにかわいらしいのに」
「ありがとうございます」
お世辞だ。わかっている。彼がよく言っている。「お前を褒めるやつなんて下心があるやつばっかりなんだからな」って。盛山さんにとって、私はお客さんなんだから、お世辞のひとつやふたつ言うだろう。
「料理も……彼はとてもグルメで舌も肥えているので、私みたいにお母さんの手料理ばかりで育った人間が満足させられるわけないんです」
言っていて涙がこぼれそうになった。
彼に好きだと言ってほしいだけなのに。大事にしてほしいだけなのに。してくれなくてもいい。大事だと思ってくれるだけでもいい。
「ちなみに……美玖さんは彼のことは好きですか?」
「好きというか、彼しかいないので」
返答に、盛山さんは首を傾げた。事実を言っただけなので、そんな反応をされると私も困ってしまう。盛山さんは、うーん、うーん、とうめき声を漏らしながら何か考えるそぶりを見せたあと、控えめに口を開いた。
「美玖さん、ご存じですか?」
「はい?」
「男性は地球上に45億と5000万いるらしいですよ。彼しかいないなんてことありませんよ」
唐突な言葉に、今度は私が首を傾げる。それから……。
「あの、45億じゃなくて、35億じゃないでしょうか。あと、微妙にちょっと前のネタですね、それ」
「あっ、ごめんなさい。最近テレビ観ていなくて。でも35億もいるんですよ?」
心底信じられない! という表情で言われてしまい、思わず吹き出してしまう。憤った様子がかわいい。最初はニコニコしている割になんだかとっつきにくそうな空気が漂わせていたけれど、そうでもないらしい。
「ありがとうございます。でも……彼みたいな素晴らしい人が私と付き合ってくれているなんて奇跡のようなことだから」
「……そうですか」
「まだ何か言いたそうですね」
「いえ、素晴らしい人は恋人が作ってくれた料理をまずいと言ったりしないと思うんですよね……」
ブツブツと不満そうに言いながら、盛山さんが小鍋を2つ取り出した。
「今夜、彼はご自宅で夕食を摂られますか?」
「たぶん……」
「よかったら、私が作った味噌汁を一緒に出してみてください。こちらの赤の鍋で作るほうを」
「どうして……」
「騙されたと思って。ね」
よくわからないけど、曖昧にうなずいた。
一体、どういうつもりなんだろう。
*****
その日の夜。
盛山さんに言われたとおり、帰ってきた彼にお味噌汁を出した。見るなり、眉間にシワを寄せる。
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